こんな僕を
こんな敵しか作らない仕事をやっていると自然と己を守る術は身についていく。
それでもやはり無敵にはなれない訳で__


「逃がすな!」


怒気を孕んだ声音が狭い路地裏に響く。それに次いで複数の足音。
男達を一つの屋根の上から見つめる青年。
肩を押さえている手は鮮血に汚れている。激痛が走る肩に堪えながら息を殺しただ男達が去るのを待った。
長期戦が苦手な彼は必然的に複数の敵を相手にするのも困難で。


「クラヴィンなら上手く凌ぐんだろうなぁ……」


一人の情報屋仲間の名前を呟きながら彼はすぐに場所を移動する。
せっかく撒いたのに見つかっては意味がない。
彼は息を思い切り吐き出して重い足を動かした。


*


「……いつもならこの時間には帰って来てるのに……」


帽子を深く被り、彼__レムリアは呟いた。
時たま、こうして彼は恋人の家まで足を運んでいる。
いつもならレムリアが来たと同時に家の扉が開くのだが、今日は違った。チャイムを鳴らしても出て来る気配がないのだ。


「……大丈夫かな……」


仕事の邪魔をしないように携帯にはかけないようにしていたのだが、いくらなんでも遅すぎる。
レムリアが携帯を取り出したと同時に誰かの気配を感じた。
すぐに彼は辺りを警戒する。


「……何だ、レムか……」

「その声……フール?」


姿の見えない恋人に向かって声をかける。
フラリ、と影が見えた。


「フール……ッ!?どう……」


彼が言葉を言い終える前に恋人__フールは駆け寄り口を自らの唇で塞いだ。
唐突のことに驚きながら、レムリアはただ唇が離れるのを待った。

静かな路地裏に足音。

それが遠ざかると彼はゆっくりと唇を離す。

「……静かに、して」


そう呟くと、フールは目を細めながら辺りを見回した。
二人以外に誰もいないことを確認すると、フールは電子パネルに自分の手を翳して扉を開け、レムリアの腕を引きながら家へと入る。

完璧に扉が閉まると同時にフールは膝を折った。


「フール!」

「あーあ……もう、タイミング悪いなぁ……こんな、情けない格好……君に見せたくなかったのに」


弱々しく微笑み、フールは立ち上がろうとする。
レムリアは彼を支えるように腰に手を回し、取り合えず靴を脱いで部屋へと上がった。
ベッドの端に彼を座らせると帽子を脱ぎ捨てる。


「レム、そこの引き出しの二段目開けて、箱があると思うから取ってくれないかな?」


レムリアは無言で頷き、パタパタと駆け出した。
青い箱を見つけ、それを彼へと届ける。


「ありがと。よいしょ……っと」

「他には?」

「うーん……お腹空いたな?」

「分かった、キッチン借りるよ」


彼の後ろ姿を見詰めていたが、痛みによって意識を引き戻される。
溜め息を吐き出してフールは処置に取り掛かった。


*


「ごめんね、ずっと家の前で待たせちゃって」

「僕のことは気にしないで……フールは?大丈夫なの?」


レムリアが作ったパスタを左手で器用にフォークに巻き付けながらフールはニコリ、と笑みを浮かべた。


「よくあることだから。僕に限った話じゃないよ」

「……情報屋の皆さんも……?」

「ルクスは一昨日、左足に銃弾を一発食らってる。ジェノバは確か右腕に重度の火傷……そんで、僕は今日、右肩をナイフで切り刻まれた……」


涼しい顔で語る彼に、レムリアは一種の恐怖を感じていた。

まるで彼は殺されることを恐れていないみたいで。
どんな死でも受け入れる、そんな表情。


「あのクラヴィンだって前には横腹を……」

「やめて……」

「……レム?」


耐え切れずに、レムリアは俯きながら呟いた。


「……情報屋をやめて、とは言わない。だけど……無茶はしないで」

「…………あはは」


渇いた笑いが部屋に響いた。
彼が顔を上げると、フールは幸せそうに笑っているのが見え、僅かに目を見開く。


「大丈夫、レムを一人にしないよ。だから……」


テーブルに乗り出し、フールは触れるだけのキスをする。


「こんな馬鹿な僕を支えてよ?」

「……うん」


レムリアは微笑を浮かべた。



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