出会いは唐突で
※BL注意!
辺りは暗く、此処の路地は人気も少ない。
故に一人で歩くには少し危ない気がする。
それでも、誰にも見付からずに帰路を辿るにはこれしかない。
彼、レムリアは少し問題を抱えていた。
(……今日もか……困ったな)
僅かに後ろを見て、短く溜め息を溢した。
誰かに相談すればいいのだろうが、ファンの人たちを傷つけたくない。
そんな彼の優しさもあって、今まで見逃してきていた。
彼はストーカー被害にあっている。
しかも、女ではなく男にだ。
中性的な容姿から女性はもちろん、男性からも人気がある彼はファンを多く持っている。
それ自体は嬉しいことなのだが、度を越えたファンもいるようで__
途中で撒いて、自宅を特定されるようなことは避けているのだが、それでもしつこくて。
目を細めながら、彼は再び溜め息を溢す。
*
「これで一週間……見張ってみたけど……」
フードから覗く蒼の瞳は一つの路地へと向けられている。
彼の片手には小型端末機が握られていて、それは緑の小さなランプを点滅させている。
住宅の屋根から見下ろすのも困難になってきたのか、彼は小走りに助走をつけ、地上へと飛び降りる。
その際に氷の足場を作り出し着地の衝撃を幾分か和らげた。
彼が追いかけているのは有名歌手。
ではなく彼のストーカーしている者である。
とある筋からの情報を入手し、このように見張っていたのだ。
小型端末機から画面を広げ、指で操作すると、一週間分のストーカーの情報が細かく入力されていた。
万が一、ということもあってか彼は慎重に情報を集めていた。
その結果__
「全部一致してるし……間違いないよね」
全てのパネルを消すと、それをポケットに押し込みフードを外す。
爽やかな風が蒼い髪を揺らす。
「さて、と。……いいよね?僕もそろそろあの人の溜め息、聞くの嫌だし」
誰に言うでもなく、一人呟きながら彼は走り出した。
そこまで距離は離れていなかったせいか、すぐに見つけられる。
僅かに笑みを浮かべながら、彼は足を速めた。
すると、足音で気付いたストーカーと有名歌手は同時に振り返り、目を見開く。
ストーカーの目の前で止まり、小型端末機を操作して一つの画面を見せながら言い放った。
「こんばんは。唐突で悪いけど……これ、誰だかわかる?」
「ッ!?」
その画面にはストーカーの全ての情報が載っている。
それを理解したストーカー……男はその端末機を奪い取ろうとするが、彼は後方に飛ぶ。
「自分がしてること、理解してるみたいで安心したよ。ねぇ?ストーカーさん」
「俺はストーカーじゃねぇ!ただレムリアさんが好きなだけだ!」
そう男は叫ぶ。
しかし、彼はスッと笑みを消してこう言った。
「それが相手を困らせる行為だって分からない?」
「てめぇにレムリアさんの何が分かるんだっ!!」
殴りかかってきた男を彼は片手で受け止め、お返しと言わんばかりにその腹に一蹴をお見舞いする。
男は壁に激突して、苦痛に顔を歪めた。
彼は眼差しを鋭くさせ、首を傾げる。
「これだから無能はいやだね。相手が嫌がってる事をやってるのに自分は誰よりも彼を理解しています?冗談は存在だけにしてよ」
周りの温度が一気に低くなるのを感じて、男は短い悲鳴をあげる。
路地の壁が端から氷の壁を纏っていく。ゆっくりだったものは急速になり男に襲い掛かった。
彼の口元に笑みが浮かぶのと、男が逃げ出すのは同時だった。
後姿を見詰め、彼はすぐに冷気を手放す。
すると、灰色の壁が雨に濡れたように黒くなっていく。
これでもう大丈夫かな、と思いつつ振り返った。
「いきなりすみませんでした、レムリアさん」
優しい声音に戻し、彼はにっこりと笑みを浮かべた。
「い、いえ……ありがとうございました」
頭を下げる有名歌手__レムリアに蒼髪の彼__フールは首を横に振った。
「僕が勝手にやったことなので、気にしないでください」
レムリアが何かを言おうとしたところに電子音が響いた。
僅かに肩を揺らしながらフールは携帯を取り出す。
どうやら着信らしい。
「ルクス、どうかしましたか……えッ……あー……分かりました」
溜め息を吐き出しながら、フールは携帯を閉じる。
そして、困ったように笑みを浮かべた。
「それじゃあ僕はこれで」
軽く手を振りながら、彼は踵を返して走り出す。
後ろで何かが聞こえたような気がしたが、聞こえないふりをした。
*
数週間後__
暖かい日差しが降り注ぐ中、彼はとある喫茶店へと向かっていた。
同じ情報屋の仲間……ルクスから呼び出しを喰らったのだ。
しかし、どうして喫茶店などという場所なのだろう、と少し疑問に思っていた。
もっと人気のないところだってあるし、自分達には専用の端末機があるために直で会うことは少ない。
うーん、と首を傾げているとすぐに目的地の喫茶店へと辿りついていた。
カラン、と音を立てて扉を開くと、喫茶店の隅の席に見知った顔が視界に入った。
「え……レムリアさん……!?」
彼の名前を呟くと、レムリアは人差し指を唇につけて静かに、とジェスチャーする。
フールはすぐに口元を手で押さえて、彼の傍へと歩み寄った。
「よかった、また会えましたね」
「えーと……ルクスって人は……」
「ごめんなさい、ルクスに頼んで貴方を呼んでもらったんです」
苦笑しながら、向かいにあった席をフールに勧める。
驚きながらも、椅子へと腰を降ろし、彼はレムリアに尋ねた。
「どうして僕を?」
「この前のお礼をしたかったのです」
この前、とはストーカーを撃退した時のことだろう。
しかし、フールはお礼を貰うためにやったわけではなく、ただ困っている人を放って置けなかっただけであって。
だから、彼は首を横に振った。微笑みながら。
「いいですよそんなの……貴方の困っている顔を見るのが嫌だっただけです」
「……優しいのですね」
「皆からは……甘いって言われますけどね」
苦笑を浮かべながら、フールはお冷を口に含んだ。
「でもよかった。僕、少し心配だったんですよ。テレビで見てても何処か消耗していたような感じだったですし……」
グラスを静かに置きながら、フールは小型端末機を取り出しながら言葉を繋ぐ。
そんな彼の言葉に少しばかり驚くレムリア。
それを見たフールは短く笑いながら言う。
「情報屋やってると、相手の表情一つで読み取る、なんてこと朝飯前になっちゃって……」
「……すごいね。……もっと、僕も貴方のことが知りたいな」
思ってもいなかった言葉に、フールは僅かに動きを止めた。
そして、笑みを消して首を傾げ、言葉の続きを待った。
「……あの日から、ずっと離れなかった。貴方のこと……フールさんのことが」
僅かに俯いて、レムリアは目を細める。
「お礼をしたい。これは本当ですけど口実でもあって……貴方に会いたかった。会って……伝えたかった。……貴方のことが好きだ、と」
顔を上げ、レムリアは微笑んだ。
その微笑み、フールは僅かに揺らぐものがあった。
この人の微笑みは自分だけのもの。
そう、独占欲というものが浮上してきた。
いけない、そう思いつつもフールは手の動きを止められなかった。
頬に触れると、レムリアは肩を軽く揺らす。
「僕なんて、ただの情報屋です。人気の貴方なら、僕よりずっといい人がいます」
「……それでも僕は、貴方がいい」
「……そんなこと言って、後悔しませんか?」
彼は不敵な笑みを浮かべて、続けた。
「一度手にしたら、僕は手放しませんよ?」
もう、後戻りは出来ない、そう確信した。
自分は情報屋で、常日ごろ、誰かに狙われている。
そんな日常に、彼を巻き込みたくない。
だけど、そんな思いとは裏腹に、彼を自分のものにしたいと、思っていた。
(そうか、僕がこの人を助けたのは……)
無意識に、惹かれていたから。
フールは心の中で笑みを浮かべ、こう呟いた。
(だったら、僕が守ればいいこと)
そう、決意した。
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bkm