勝敗
今日は少し違ったことをしようと思った。そう思ったのがいけなかったのか。
彼、撫子は極度のギャンブル好きでいつでもカードを持ち歩いている。自分はギャンブルや博打など、そういう類は麻雀ぐらいしかやったことがないために、撫子の好きなことを殆どしてあげれないな、と時折思うことがあった。


「ベッド……1000だ」

「レイズ……2000で」


ガラガラ、とチップの山が左右に移動する。ディレットは、ただただそれを見ているだけしかできなかった。何が行われているのかわからない。
分からなくて当然だ……今は、彼、撫子の独壇場なのだから。

此処は住んでいる街から少し離れた場所にあるカジノ『フォースダウン』
何度か、知り合いのキールに会いに足を運んだことはあったが、実際にルーレットやポーカー、ダイスなどをやったことはなかった。一度誘われたものの、自分には合わないから、と断ったことを覚えている。
撫子の向かい側に座っているのはこのカジノのオーナーでもあるヴェッテだ。饒舌でいつも豪快な笑いを溢しているオーナーに相応しい人。だが、今彼は真剣な眼差しを宿しながら自分のハンドを見詰め、ただ次の手を考えている。
隣にいるのは知り合いのキール。彼のハンドを覗き込んでは自分も勝負をしているかのように思案する彼もまた、いつも浮かべている笑みを消している。

どうしてこうなったかって?俺はただ撫子を喜ばせたかっただけだ。いつも俺のわがままに付き合ってもらってるからな。
考えた結果、カジノに連れて行くっていうことになったんだけど……どうも成功した気がしないんだよなぁ。
そもそも、何でこんな状態になっているか、が先かな。一言で言うと、撫子のギャンブル魂に火が点いちまった……だろうな。


「……ショーダウン」


ヴェッテが静かに呟く。撫子はニヤリ、と口元に綺麗な弧を描き、その様子を見たキールが目を細める。


「フルハウス」

「ストレートフラッシュ」

「ッ……」


テーブル中央にあったチップが、銀髪の青年……エルラの手によって撫子の方へと移動される。いつもポーカーフェイスのヴェッテでさえ、苦い表情を浮かべている。

それもそうだろう。彼は連続で負けているのだから。


「ヴェッテ、変わるか?」

「大丈夫……次、は……」


ギュッと、ヴェッテは汗ばんだ手を握り締めエルラにカードを配るように促す。ヴェッテの表情に、あまり感情を露わにしない彼は眉を少し下げながらカードを切り始めた。

最初に二枚、それぞれの手元に配られ、五枚が中央のテーブルに表にされ置かれる。それを一枚ずつ取り、再び二枚カードが配られる。


「……ベッド、1000」

「レイズ、1000」

「……リレイズ、2000」

「うーん」


撫子が少し悩み、首を傾げる。


「ショーダウン」


お互い、ハンドをテーブルへと置く。


「ストレートフラッシュ」

「ッ……フォーカード」


そこで、ヴェッテは席を立ち上がった。俯いて表情は分からないが、キール、そしてエルラには感じられた……悔しさ、屈辱が。
そのまま、彼はこの場を去っていってしまった。自分達が住んでいる寮には今アロンがいるはずだ。心配だが今は目の前の……敵を打ち崩すしかない。ヴェッテの変わりにキールが椅子に腰を降ろした。


「やるじゃーん?でもこの漆黒のディーラー、フォースダウンの裏オーナーのキール様に勝てるかなぁ?」

「いつから裏オーナーになったんだべ」


いつもどおりのテンションのキールに軽い突っ込みを入れながらエルラは視線を向けた。キールもバチコン、とウィンクをかましてカードを配るように促した。


「撫子、少し手加減っつーものを……」

「ディー、これは真剣勝負です、口を挟まないでください」


いつもの紳士的な撫子など、消えていて。ディレットは口を閉じ、そのゲームを見届けるしかなかった。
他のお客さんも、普段このカジノのディーラには負けているのだろう、彼等が負けている姿を面白そうに見ていて、少し居心地が悪かった。


「……ベッド……10000」


桁違いの数字に、撫子も、横にいたエルラも目を見開いていた。キールはただ、微笑を浮かべていて焦っている様子も見受けられなかった。ハンドが良いのか、それとも策があるのか……撫子にはわからなかった。ただ、目を細めて彼の様子を窺う。しかし、何も変化が見受けられなかったのか撫子はハンドに視線を戻し、テーブルを見渡した。
チップの山が中央にある。それは今しがたキールがベッドしたものだ。ここでコールをしたところでなんら害はない。自分のハンドは……またしても運がいいことにストレートフラッシュなのだから。
相手がロイヤルストレートフラッシュでもない限り、負けることはない。


「レイズ、10000」


どよめきが広がった。彼のつむいだ言葉に、キールは短く口笛を吹く。


「ショーダウン」


キールは微笑を崩さずに、よく通る声でそう言った。テーブルに蒔かれたカード。それは……


「ロイヤルストレートフラッシュ」

「な……!?」


満面の笑み、憎らしい彼の表情にエルラは思わず呆れため息を吐き出していたが薄っすらと笑みを浮かべている。
この男は、本番に気味が悪い程強いのだ。運がいい……そんなレベルではない。

対する撫子は目を見開きありえない、といった表情を浮かべていた。彼の様子に、ディレットも流石に何が起こったのかは理解した。負けたのだ、撫子が。


「……ふふ、いい勝負ができました。ありがとうございます。ディー、行きましょう」

「あ、おい……」


席を立ち上がって、撫子はディレットの手を引いて出口へと向かう。後ろからは、また来てくれよー!と大きな声が聞こえた。

会話もなくただゆっくりと帰路を辿っていた撫子が不意に止まる。


「……久々です、負けたのは」

「悔しかったか?」

「いえ、楽しかったです。ありがとうディー」


そう言う彼にディレットは微笑を浮かべた。


*


「ヴェッテー」


部屋に閉じこもったヴェッテを、キールが呼ぶ。しかし出てくる気配はない。


「勝手にはいるぞー?」

「ちょ、入って、くんなっ!」


声音に違和感。キールは彼の言葉などお構い無しに扉を開け、部屋に踏み込んだ。毛布にでも包まっていたのだろうか、ベッドの上で上半身を持ち上げ背を向けている。


「何してんの?」

「来んなっ、よ……」

「……何?泣いてんの?」


彼の肩が震えている。キールがグルリ、と回り込んでみると、そこには目を真っ赤に腫らしたヴェッテの顔があった。


「見んなっ……」


毛布に顔を隠す彼に、キールは喉を鳴らしてくつくつと笑う。


「どうしたのよ、ヴェッテ。お前らしくねーなー」

「うるせっ……笑えば、いいだろぉ……!」

「笑わないよ」


キールの手が伸びて、ヴェッテの毛布を取り払おうとする。最初は抵抗していたものの、諦めたのか毛布を握る手がゆるゆると落ちていく。

ゆっくりと毛布を下ろす。


「笑わない。運が悪かっただけ、ただそれだけだろ?俺達はアロンやエルラみたいにイカサマが出来ない。だから、運を味方につけてやってる。今日は女神がそっぽ向いちまってたんだよ」


フワリ、と甘ったるい笑みを浮かべるキール。


「……で、も……」

「でも、も何もない!運が悪かっただけ……それで納得しないなら」


彼の頬を両手で包み込み、ゆっくりと口付ける。
ただ、触れるだけのキス。


「無理矢理、納得させちゃうぜ……?」

「……キールには、敵わない」

「なんたって、お前の相棒だからな」


少年のような、明るい笑みを浮かべヴェッテを抱き締めた。彼もキールの背中に腕を回す。


「……あんがと、キール」

「世話がかかるオーナーだな……」


*


客をある程度捌きながら、時間を見つけアロンはエルラに近付く。


「何があったんだべ?」

「とある客に負けたんだ、ヴェッテが」

「ぶはっ、まじで?だせぇ」


それであんなへこんでたのか、と納得すると同時に、アロンは笑い始めた。こいつも相変わらずだな、とエルラはペットボトルの水を口に含みながら頭の隅で考える。


「イカサマできねぇ、運も味方につけられねぇとか……ディーラー辞めたほうがいいんじゃねぇのあいつ」

「言いすぎだべ」

「本当のことだろ?」


くくっ、と笑いを殺しながらアロンは客に目を移す。
でも、なんだかんだでコイツもヴェッテのこと心配してるんだよな、とエルラは心の中で呟いた。


「そんな強いなら俺も戦えばよかった」

「……また、来る気がする」

「じゃあ、そん時は俺呼べよ」

「……負けても知らないべ?」

「負けるわけねぇ、俺ら、イカサマ師だぜ?」


ポケットに忍ばせてあったジョーカーを取り出し、不敵な笑みを浮かべるアロン。


「俺らがいなけりゃ、このカジノはやっていけねぇべ」


笑み……いや、ゲス顔でカードの端を口で咥える。
それに、久々にエルラのイカサマ師も浮上したきたのか、同じようにカードを取り出す。


「確かに、俺達がいるから成り立ってるようなもんだな」


首を少し傾けながら、蔑むように客を見詰めた。


「「俺達に勝てるヤツなんていねぇべ」」


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