rainyday
雨が降っている
強く激しく、叩きつけるように
風も強いからか、この部屋の窓は、先ほどからガタガタと音をたて続けている

窓の外を眺めながら、ふう、とその部屋に居る女の人は息をついた
明日の用事を思ってか、それとも彼女の机に高く積まれた大量の書類に嫌気がさしてか、
はたまたその両方か・・・


(明日のピクニックは難しそうだな・・・)


視線を下に落とし、彼女のシンプルで機能性を重視して選んだスケジュール帳を見た
そこには、綺麗な字で“ガブとピクニック”と書かれてある
他の仕事での用事には黒のペンを使ってあるが、その用事には、澄んだ水色のペンが使われていた
ガブとの用事を書きこもうと思った時に、他と同じでは味気ないと思い、ペンを新しく買いに行った
一目でこの水色のペンが気に入り、それ以来ガブとの用事にはそのペンを使っている

しかし、彼女は天下の血統軍さまの大元帥だ
スケジュール帳はほとんどが黒色でおおわれており、水色は片手で優に足りるほどであった
そんな綺麗な水色が翌日に落ちていた
明日は、彼女には珍しく丸一日休日だ
それを彼に話すと、見せたいところがあるとのことでピクニックに行くこととなった

だから彼女は、今日中にすべての仕事を終わらせてしまおうと、
天井に届きそうな書類をさばいているのである
辛くはなかった、仕事は嫌いではないし、明日のためだと思うと、やる気もわく
なんだかフワフワして、地に足が付いていないようだった
体も妙にポカポカと温かい、少し暑いくらいだ

急に視界が揺らいだ、よくわからないままに彼女はそのままふらりと椅子から滑り落ちた
その拍子に何かのコードも引きずってしまい、絶妙なバランスで積み上げられていた書類たちは、舞い散って崩れ落ちてしまった



―――――――――



雷が落ちた
すさまじい轟音と共に、

「・・随分と近くに落ちたみたいですねぇ」

旅館の窓を少し開けると、激しい横降りの雨が部屋に入ってきた
慌てて窓を閉めたが、手遅れだったかもしれない
彼の足もとの畳はすでに濡れてしまっている

「ほんとにな、これじゃ明日は行けそうにねーな、ほれ左助」

そう言いながら、ガブは窓辺に立つ左助にタオルを投げる
左助はそれを受け取ると、濡れた畳の水分を吸い取る

「ディーラさんとのデートですか?」

左助は床に目線を落としつつも、ガブの方に意識を寄せた
ガブは手を口に寄せて腕をつくとこくんと頷いた
“行けそうにない”なんてさらっと言っておきながら、滅多に会えない彼女とのデートが雨で断たれるなんてたいそうご不満であろう

「そんなにしょげるくらいなら、今日にでも会いに行けばいいじゃないの」

ガブの向かいに座る女、花束は湿気で広がった紅い髪をすきながら言った
あとに小声で、彼女今大変みたいだし、と付け添えた

その言葉に、ガブは左助に説明を求めるようにして、
左助の方を向いた

「・・・少し気にかかる情報を手に入れましてね」

歯切れが悪そうに左助は言った
ガブは、それで?と続きを促したが、花束が手で遮ると、左助は話すのを止めた


「何が起きていようと、旅をしている兄さんや私たちにできることなんてそうないわ」

それに“私たちは部外者なんだから”

花束はまるで自分に言い聞かせるように強く言い放った
左助はその様子を心配そうに見つめていた、誰にも気付かれずに

「ガブの旦那、大丈夫ですよ、あちらのことはクラヴィンの旦那にお頼みしましたから」

クラヴィンに・・・、そう呟くと、ガブは少し悔しそうな顔をした
そんなガブを見ると、花束は思いっきりガブの背中を叩いた

いきなりのことに(あと、あまりの痛さに)驚愕していると
花束は腰に手を当てて、人差し指をガブにつきつけた


「ディーラさんは強い人だし、貴方の数千倍は賢いんだから、助けなんて必要ないのよ
若しくは足りてるの、血統軍やクラヴィンさんもいるんだしね・・・」

また、空が光った、真っ白になるくらいに強く

「でも彼女はトップに立つ人な訳でしょう?
弱みなんて誰にも見せられないわ・・・、助けてもらってる人にはね」

雨ほ光と音とをつなぎとめるように、一層強く降り出した

「でも、兄さんは違うんじゃないの?
助ける側じゃなくて、支える側に居るんじゃないの?
・・・弱みも強みも全部受け止めてあげられるんじゃないの?」

瞬間、けたたましい雷鳴が部屋に響いた
しかし、光と音との間合いから、先ほどよりは雷雲は遠のいたようだった

窓の外ではまだ重く黒雲が、空を覆っているが
ガブの心は少しだけ晴れた
“自分がディーラにしてあげられることなんてあるのか”
胸の内の奥深くにあった、魚の小骨のようにつっかえていた、ガブの悩み
それが少しだけ、晴れたのだ


そんなガブの目の前を蝶がひらひらと横切って、花束の綺麗な長い指にちょんととまった
しばらく、花束はその蝶を見つめていたが、にこっと花束が微笑むとその蝶は花束の指から離れ、豪雨降りやまぬ窓の外に消えていった


「兄さん、ディーラさんの元に行ってあげて」

花束は強くガブに訴えた



――――――――――



うっすらと目を開ける
そこには真っ白な天井があった
横を見ると、真っ白な壁、窓にかかるこれまた真っ白なカーテンが見えた
無機質で、生と死を一度に連想させる空間

ここには見覚えがあった
つい先日もここに彼女は来ていた

もっとしっかり確認しようと、体を起こそうとする


「起きんな、まだ横になってた方がいい」

彼女はぶっきらぼうなその声に驚いて、窓とは逆の声のした方を見た

「熱があるんだと、それも42℃・・だからまだ寝てろよ」

ほれ、と不格好なリンゴを差し出す
どうやら彼が剥いたらしい
そのリンゴは、一口サイズにまでなってしまっていた

「・・・ありがとう」

彼女は、横になると素直な気持ちでお礼を言った
リンゴなど剥いたことなかったのだろう、でも彼女が食べやすいようにと、剥いたのだ
結果はどうであれその気持ちが嬉しかった

「横に居ると熱が移る、もう帰っていい、明日また会

「ディーラ」

彼女、つまりディーラの言葉を遮る

「明日のピクニックは無理そうだな、見ての通りひどい雨だ」

外には相変わらず途切れることのない雨

「しかし、私は晴れ女だ、てるてる坊主も作って来たし準備は万端だ、必ず晴れる」

「・・それに、どうしても行きたいんだ、ガブのお気に入りのその場所に」

普段は毅然としている彼女も、熱のせいなのか、二人きりだからか、少しだけ素直に甘えた
だから、今日は帰ってくれ
そう呟いた

「いやだ」

ガブはきっぱりと言い切った

「2人で過ごせるのは明日だけじゃないだろ? それに俺はバカだから風邪なんてひかない」
そんなガブの言い分にうっすらとディーラは微笑んだ
その微笑みはまるでチューリップのように可愛らしく、可憐であった


「風邪くらい、俺がやっつけてやるよ」


一言呟くと、ガブはチューリップに口づけた


窓の外では、優しく包み込むように
雨が降っている







 おまけ  ―翌日―

「見事に晴れましたねぇ、姐さん」

旅館の窓を開けると、昨日とは打って変わって雲一つない晴天であった
花束はくすっと、微笑むと窓の外を眺めた
そんな花束の周りをクルクルと蝶が舞う

「えぇ、室内デートには勿体ない日和ね」

「ガブの旦那、大丈夫ですかねぇ・・・」

左助は箪笥から布団を出すと、窓枠にかけた
ほこりがぶわっと舞う

「ディーラさんも付いてるんだし、平気よ、兄さんもバカじゃなかったってことね」

むしろ安心したわ、そう呟きながら、花束は化粧を始めた
しかし、左助は依然として心配そうである

「でも、熱が40℃ほどあるそうじゃないですか、ガブの旦那は平熱が低いのに」

ディーラさんも病み上がりですし・・・
そう心配しつつも、昨日の分の洗濯物も外に干す
花束は、手早く化粧を済ますと、髪飾りを選ぶ
鏡に向けて髪にかざしながら、どれが服に合うのかを思案する

左助は、大量の髪飾りが並ぶ中から桔梗の花を模した髪飾りを取ると、花束の髪に結いつける

「どちらへ行かれるおつもりで?」

左助の選んだ髪飾りは、今日の服装や化粧にぴったりと合っていた
花束は鏡に向けて満足そうに微笑んだ

「せっかくのデート日和だもの、兄さんのお見舞いもかねて、ディーラさんたちの街へ行きましょう?」

左助の手を取ると、花束は旅館の部屋を後にした





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