雨の日の偶然
先ほどまで快晴だった空が今では黒く淀んでおり、さらには大粒の雨を地面へと叩き付けていた。こんな豪雨でも変わらず動き回っているのが情報屋なのだが、今日は朝からイマイチ気が乗らなかったために家で何をするでもなくただ窓の外を眺めたり時折来るメールに目を通したりと彼にしては非情につまらない時間を過ごしていた。
別に雨が嫌いなわけでもない。外に出るのが嫌いでもない。ただ本当に気が乗らないだけなのだ。それでも家にいるよりは外にいた方が有意義な一日を過ごせることを知っている。
今日何度目になるか分からないメールの受信にうんざりしながら彼、クラヴィンはグラスの中に入っているお茶を喉に流し込む。いつもならきっちりとネクタイをしているものの家の中ではそれを外してボタンも少し外しており、結んである髪も後ろに流してある。
目の前のパソコンの電源を落として彼は椅子から立ち上がると空になったグラスを持ってキッチンへと足を動かす。シンクの中にグラスを置きいざ洗おうとスポンジを取ろうとしたところで玄関のチャイムが鳴った。その音に彼は一瞬動きを止め、玄関へと向かう。
だが、今日は誰も来ないはずなのだ。情報屋の仲間からの連絡はない、誰かと約束しているわけでもない。
なら誰が尋ねてきたのだろう。
彼は少し警戒しながら玄関へと進み電子パネルを見詰めた。そこには、見知った顔があった。
ゆっくりと扉を開けるとずぶ濡れになった彼がいた。訪問者もまさかクラヴィンの家だと思わなかったのだろう、とても驚いた表情を浮かべている。
「……なんで貴方が此処にいるんですか」
普段からは想像もできない不機嫌そうな声音に訪問者も思わず顔をしかめた。
「俺が此処にいちゃ悪いか」
「言い方が悪かったですね、何で僕の家を知っているんですか」
情報屋の皆……悠と夕日は別なのだが、基本は仲間にしか家の場所を知らせていないのだ。この職業は敵を多く作るために自分のことは何もかも伏せている。だが、此処に来たという事は誰かに教えてもらったとしか、クラヴィンとしては考えられない。
「ていうかお前の家だったのかよ」
「……偶然訪ねてみたら僕の家だった、という口ぶりですね」
「そうだよ」
彼、ガブは濡れた髪をかき上げながら言った。恐らく、豪雨に見舞われ丁度よく孤立した家を見つけたら訪ねてみた、ということなのだろう。はぁ、と盛大な溜め息を吐き出すとクラヴィンは背を向けつつこう言った。
「入ってください、そのまま返して風邪を引かれたら僕がディーラに怒られる」
「……いいのか?」
「不本意ですけどね」
まさか上げてもらえるとは思わず、ガブはキョトンとしていたがおずおずと下駄を脱いで家へと上がった。
その間にクラヴィンはバスタオルを彼へと投げつけさっさと風呂に入るように促す。此処までしてくれると逆に何かあるんじゃないかと思ってしまうのは、多分クラヴィンが情報屋ということが関係しているのだろう。ガブは投げ付けられたバスタオルで濡れてしまったところを取り合えず拭いてから案内された風呂場へと向かった。
*
ガブが着ていた和服を乾かしている間にクラヴィンは取り合えず自分の服を貸したのだが、改めてこの男には和服の方が似合うなということが確認できた、全然関係ないことなのだが。
「……酒でいいですか?」
「は?」
「飲み物が全くないんです」
冷蔵庫を覗き込んでみたところ、お茶は先ほど自分が飲んだのでラストだったらしく、あとはビールやら日本酒やらというものしか残っていなかった。今日買い物行こうとしていたことを思い出しクラヴィンは肩を落とし、辛うじて残っていたものをガブに出そうとしたらこの有様だ。
「……別にいいけど、お前酒飲むのか?」
「自分が飲まないものをわざわざストックしておきませんよ」
こうやって皮肉で返すところがいかにもクラヴィンらしい。こんな皮肉に慣れた自分も相当だな、と思いつつガブはテーブルに肘をつく。パタン、と冷蔵庫を閉める音が聞こえるとクラヴィンが二つのグラスと二本の缶ビールを持って戻ってきた。
「ざわざわすまねぇ」
「本当ですよ」
ビールを注ぎながらクラヴィンは彼を睨みつける。本当、男には容赦ない野郎だ、と心中で悪態を吐き出すガブ。でも何だかんだ文句を言ってここまでしてくれるクラヴィンに感謝しつつ差し出されたグラスに手を伸ばした。
小さく乾杯をするとグラスを煽った。ガブは豪快にグラスの中身を飲み干し、クラヴィンは少し喉に流し込んでテーブルに置く。
「で、何で貴方がこんな場所まで来ているんですか?」
「さっきまでディーラと一緒にいたんだよ」
「……そうですか」
そしたら急に雨が降ってきたので急いで雨宿りをしようと此処まで来たのか。偶然なのか運命なのか取り合えずどちらにも恨みながらクラヴィンは椅子の背に身体を預け、ガブに缶ビールを渡す。
中身を注ぎながらガブも思ったことを口にする。
「いつも外にいるんだろ?なんで今日は家に?」
「たまたまですよ。気が乗らなかっただけです」
「お前でもそんなことあるだな」
「貴方は僕を何だと思っているんですか」
まるで人を機械みたいに、と愚痴りながら彼は再びグラスを傾けた。
そういえば、とガブは再びいっぱいになったグラスを持ちながらクラヴィンに尋ねる。
「お前酒強い方か?」
「まぁ、ルクスやメルケスと一緒に呑んだりしてますから、月並みには」
ふぅん、と相槌しつつ再びグラスを煽った。
こうしてクラヴィンと雑談できる機会が訪れると思っていなかったガブは容赦なく質問を続けた。嫌な顔はしたものの、大体は答えてくれる彼。それでも話したくないものは素直にそう言ってくれるために気兼ねなくガブは色々と聞けることが出来た。
そうしていると、段々と酔いが回ってきたのかガブの頬が僅かながら紅くなってきていた。それに対してクラヴィンは強いと仄めかしていたがそれは本当らしく彼と同じ量を呑んでいるはずなのに涼しい表情は変わらなかった。
そのうち、雑談からディーラの話に変わっており……。
「ディーラ、可愛いんだけど、軍の服着てる時はかっこよくてよぉ……」
「僕は軍服しか見たことないですけどね……」
「やっぱ俺だけか、私服見たことあんの……へへっ」
多分、軍内の人間は見たことあると思いますけどね、と口には出さないでクラヴィンは適当に相槌を打つ。
「そういえば、今日は何処へ?」
「ショッピングに行ってきた、ディーラが行きたいって言ったから。文房具とか見てたんだけどよ、やっぱり可愛いもん好きみてぇでさ、めっちゃ欲しそうな表情してたから、俺が買ってやるよって言ったら照れてさ、まじあの顔はやばかった」
「……」
惚気話の方向に進んでいっているガブをただクラヴィンは冷たい眼差しで見ることしかできなかった。人が恋をしている時はこんなにも幸せなのか、と疑いたいほどに。
だがそんな眼差しにも気付かずにガブは表情を緩めただ今日は何処に行って、彼女がどんな表情で物品を見ていたか、声をかけるとどんな反応をしたか、等々を永遠と話していた。
そのうち、ガブが酔い潰れたのかテーブルに突っ伏して、なんとも幸せそうな表情を浮かべながら寝に入ってしまった。夢でもディーラとデートしているのか、時折彼女の名前を呟いていた。もちろん、寝言だ。
クラヴィンは息を吐き出してグラスをガブの手から取るとキッチンへと向かった。シンクに放り込むとそのまま寝室へ向かう。クローゼットを開き毛布を一枚抜き取ると再びリビングへと。抜き取ってきた毛布をガブへとかけてあげ、自分はソファーへと座り込んだ。
端末を取り出しとある経緯である女性へと電話を繋げた。
「……あぁ、花束さんですか?……よくご存知で、今は眠ってしまっているので、明日にはそちらにお返ししますよ……えぇ、では」
ガブと話していた時とは打って変わって優しい表情で会話を済ませると、端末を放り投げ自分もソファーに横になる。
(少しだけ、睡眠をとってあの馬鹿を起こそう。)
そして瞳を閉じた。
ディーラとガブのデート、そしてガブが起きた後はまた別のお話……。
HAPPY BIRTHDAY!かなさん!
遅くなって申し訳ありません><
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