激痛が走る肩を半ば無視しながら、クラヴィンは闇市へと向かっていた。
既に情報は全て頭の中。
ピースは揃っている。
あの後、アドルフと翠螺に簡単な処置を済ませ、屋敷を出た。
外で待ち構えていたルクスを強引に退け、ここまで来ている。
最初から彼女を助ける手立てを整えていた。
時間はかなりかかったが、これでようやく動けるようになる。
クラヴィンは入り口の人間に軌銃を呼ぶように言うと、すぐに礫を精製する。彼の周りに漂い、浮かんでいる光景を、客やバイヤーの人間はすぐに不振に感じ、迫り来た。
すぐに氷の切っ先を彼らに向け、撃ち放った。
その様子を見ていた軌銃が驚いた表情を浮かべ、駆け寄ってくる。
「なにしてんだお前……!」
彼女の問いには答えず、すぐに腕を引っ張り背中へと隠す。
そして、手を頭上へと突き出した。
すると、何処からともなく大波が出現する。それは容赦なく闇市を飲み込んだ。
どういうことか説明しろ。
そう尋ねようとした軌銃だが、彼の表情を見た瞬間に凍りついた。
いつも浮かべている、笑みが消えていた。
何よりも、感じ取れた。
殺意を。
波が引くと、闇市場は無残にも大波の爪あとが残っていた。
クラヴィンは僅かばかし目を細めて、周りを警戒する。
奴らは何処に行った?
瞬間、クラヴィンに向かって一直線に翠の剣が飛んできた。
それを目で捉えるのと足が動くのは同時だった。
だが動くのが遅れ、剣は彼の腹部を切り裂く。
激痛に顔を歪ませ剣が飛んできた方向へと視線を向けた。
間髪を入れずにすぐに礫を精製し、飛ばす。
黒服に当たる前に、それは見えない壁によって無残にも地面に叩き落される。
「……ッ、壁……くずがッ……!」
ギリッ、と噛み締めながらいつもなら言わないだろう言葉を吐き捨てる。
鮮血が流れ出す腹部を手で押さえつけながら、軌銃に言った。
「逃げろ、軌銃」
「お前はどうすんだ!?」
「いいから、ここはまずい」
手を胸まで持っていき、電撃を精製する。
そして、それを天井に放った。
弾ける音がして、視界は一気に暗くなった。
今の電撃でショートしたのだろう。
軌銃の背中を思い切り押して、なんとかこの場から逃がそうとする。
しかし、彼女は立ち止まり、振り返った。
「馬鹿かお前!怪我しただろ!?」
「これぐらい、なんともないよ」
「痩せ我慢もいい加減に……しろ!」
バリィッ、と音がすると同時に呻き声が複数聞こえてきた。
少し置いてから、倒れる音が。
今の攻撃で、闇の中で迫ってきていた敵を一掃してくれたのだろう。
軌銃はずっと暗い部屋にいたせいか、闇の中の方が目は慣れている。
いつもなら、赤の瞳が金に輝いていた。
クラヴィンは僅かに溜め息を零しながら、スッと手を上げた。
再び明かりが戻る。
周りには複数倒れているのが見える。
後は、二人を囲むように佇んでいた。
既に逃げられないことを、軌銃は知っていたのだろう。
「……成程」
「貴様……覚悟は出来てるんだろうな?」
ジリジリ、と黒服の男共が近づいてくる。
一応、クラヴィンを警戒しているらしい。
ただ、人数ではあちらが勝っている。
クラヴィンは思考を巡らせた。
どうすればこの状況を打破できるか。
切り札は、ある。
「これ、なんだか分かる?」
胸ポケットから取り出した一枚の写真。
それには大量に並べられた__人間が写っていた。
それは全て臓器を抜かれ、抜け殻となった物。
品物は、既に売られてしまっただろう。
「……てめぇ……それをどっから……」
「自主する?呼ぶ?どっちがいい?」
ニコリ、とクラヴィンは笑みを浮かべた。
「……ハッ!てめぇを……殺せば問題はない!」
「そう……なら」
「てめぇらを捕まえてやるよ!」
突如、この場に居ない声が聞こえてきた。
ざわめきが起こり、黒服の男達はあたりを見渡した。
熱気。天井から炎が降ってくる。
「これはッ……!」
「大丈夫か?軌銃」
風が巻き起こり、上から誰かが降りてくる。
オレンジの翼を広げ、彼は片手を男たちに向けながら炎を再度放った。
クラヴィンが呆れた様に肩を竦めた。
「煩い、ブレイン」
「んだよ、窮地を救ってやったんだぜ?」
「僕は頼んでない」
クラヴィンは天井の片隅、男達の死角にいたブレインを見つけ、先ほどの話を繰り出した。
万が一、男達が殺しにかかってくるとしたら、彼が動くだろう。
確信にも近い予想を立てていた。
それは見事に的中し、ブレインは動いてくれた。
しかし、誰からこの場所を聞いたか。
それが問題だった。
「クラヴィン!前!」
僅かに気を逸らしていた隙に、倒れていた男が電撃を放った。
血を流しすぎたせいか、意識が朦朧とし始めていた。
避けれない。
そう思ったが、目の前には見慣れた姿がいつの間にか現れていた。
「ちゃんと前を見て、クラヴィン」
静かな声が届いた。
電撃が何かと衝突する音。
「ルーン……か」
「ルクスから全部聞いた……よっと」
迫ってきていた黒服を蹴り飛ばすと、追撃で波動を飛ばす。
短い息を吐き出すと、クラヴィンへと振り返り、肩を掴んだ。
「あぁ……あの人か」
「うん。お疲れ、クラヴィン。休んで」
「……相変わらず、君には……見透かされてるんです、ね……」
糸が切れたかのように、クラヴィンはルーンの方へと倒れこんだ。
それを受け止め、小さくありがと、と呟いた。
ルーンはクラヴィンを軌銃へと預け、黒服達を一掃するために飛び出した。
戦えない人がいればそれはただの足手まといになる。
軌銃はすぐに闇市を出て行った。
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