屋敷へと招かれ、彼は足を運んでいる。
あまり気は乗らなかったが、仕方ない、と諦めていた。
クラヴィンは胸ポケットに引っ掛けてあった伊達眼鏡をかけながら、その足を止めた。
ここはアドルフが住んでいる屋敷である。
呼ばれた理由はなんとなく予想出来ていた。
彼もまた、彼女、軌銃の突然の行方不明を追っている一人である。
その行方不明に一枚噛んでいるのがクラヴィンだというのを知っている。
いや、正確に言えば情報を買った、というところか。
ルクスがその情報をつかみ、アドルフに流したのだ。
だが、そこまでだった。
そこからのクラヴィンの行動はルクスでも掴めなかった。
だからこそ、こうして直々に呼び出しを食らったのだろう。
「失礼しますよ、アドルフ」
大きなドアを開けながら、クラヴィンは取り合えず挨拶をしてみる。
すると、出迎えたのは以外にも彼に仕えている翠螺だった。
彼女はお辞儀をして、踵を返した。クラヴィンはその後をついていく。
アドルフが出迎えない。
それは何かを徹底的に聞き出すまで返さないということを意味している。
クラヴィンは微かに苦笑を浮かべた。
「アドルフ様、クラヴィンがお見えになりました」
「あぁ、入って下さい」
客間へと続く扉を開くと、アドルフが窓際へと立っていた。
ゆっくりと振り返った彼の表情には、笑みが浮かんでいる。
それを、僅かに恐ろしいと感じたクラヴィン。
しかし表には出さず、彼も笑みを浮かべた。
「いきなりどうしました?アドルフ」
「そろそろ、貴方の情報を貰おうと思いまして」
「……貰う?僕の情報を?」
「言い方が悪かったね……買おう」
アドルフは眼鏡のブリッジを上げながら言った。
逆に、クラヴィンは伊達眼鏡を放り投げた。
そして、あらぬ行動へと出た。
手を前へと突き出し、そこから一直線に冷気が放った。
それはアドルフへと向かっていく。
彼の予想外の行動に唖然として、身体が動かない。
アドルフにそれが当たる直前に、翠螺が割り込んだ。
「うぁ……!!」
「ッ!?翠螺ッ!!」
攻撃が右肩に直撃し、凍らせていく。
すぐにアドルフが駆け出し、彼女の身体を支える。
激痛に顔を歪めている翠螺。そんな彼女を抱きかかえ、隅に座らせた。
そして、鋭い眼差しをクラヴィンへと向けた。
「どういうつもりだ?」
「君達はあそこのことを何も知らない。知らない人間がどうこうできるのかい?」
「それでも彼女を、軌銃をあの闇から助け出したいと、私は思っている」
アドルフの声音に怒りの感情が混じっていた。
それもそうだろう。いきなり攻撃を仕掛けられ、そして翠螺に負傷を負わした。
スッと腕を下げたクラヴィンは肩を竦めた。
どうして状況もわからない場所に無謀に突っ込んでいくのだろう。
彼はそんなことを考えながら口を開いた。
「いいじゃない、彼女の好きにさせて……ッ!?」
唐突の衝撃に、言葉が止まった。
胸を何かで切り裂かれたような感覚。
空気の刃のような。
呻き声を漏らし、思わず片膝をつく。
一瞬、心臓が止まったのかと錯覚するほどの強い衝撃に、流石のクラヴィンも笑みを消した。
そして、彼を見た。
「……やってくれるね」
「君には……彼女を助けたいという気持ちはないのか?」
「……自らが望んで行った。なら、こちらが関わる必要はないんじゃないかな?」
普段見せない怒りを、今回ばかしは表へと出しているアドルフ。クラヴィンは何とか息を整えながら次の言葉を待っていた。
アドルフは、静かな声で言い放つ。
「最低な人間だな……君は……!」
予想通り過ぎる言葉に、クラヴィンは笑い声を上げた。
「ははっ……!あぁ……だから嫌いだよ……こういう人間はさぁ!」
彼には珍しく、感情を抑えられていない。
アドルフは驚くも、戦闘体勢へと移った。
壁を張っても、物理ではない。
だったら、ここは攻めるべきだ。
アドルフは素早く戦略を描きながら、スッと手を持ち上げた。
すると、黒い影が集まっていく。
それを見たクラヴィンは再び手を突き出した。
アドルフは腕を振り払い、玉をクラヴィンに弾き飛ばした。
そして、彼は再び冷気を放つ。
両者の技は互いにヒットした。
「ぐぅ……!クラヴィン……貴方……ッ!」
「そこで……おとなしく倒れてなよ」
しかし、倒れたのはアドルフだけだった。
直撃した肩を押さえながら、クラヴィンは笑みを浮かべた。
アドルフは僅かに驚いた。
彼の、あんな痛々しい笑みを見たのは初めてだったから。
真相を尋ねる前にアドルフの意識は落ちていった。
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