「わざわざ、ありがとうございます……では」
あの事件から数週間。
早いものでもうあの闇市は完全に消えて、ショップへと変わっているらしい。
クラヴィンは携帯をパチン、と閉じながら瞳を閉じた。
しかし、残党はいるらしい。
やはり完全には消せなかった。
叫び、笑い声。色んなものが混じって、嘲笑っているように聞こえる。
耳を塞いでも、聞こえてくる。
それは単なる幻想だとしても、彼の脳裏に確実に刻み付けていた。
あの惨状を。あの光景を。
忘れないように、忘れられないように。
血と薬品の臭いを今でも鮮明に、思い出してしまうほどに。
残党を全て消してしまえば、これらを全て忘れることができるのだろうか。
答えは、いいえ。
「まぁ、無理だろうね」
身体をベッドに沈め、短く息を漏らした。
まだ完全ではないが、大分順調に怪我は治ってきている。
今では腕は動くようになった。
が、腹部の傷が塞がってはいない。まだ立ち上がることはできていないために、ルーンの家に居候している。
結ばれていない髪がベッドへと散らばる。
「何がだ?」
「……聞いてたのかい?」
丁度、軌銃が部屋に入ってくるところだった。
起き上がろうとした彼を手で制止する。
「残党だってさ」
「……そういうことか」
短い言葉の意味を受け取った軌銃は僅かに表情を曇らせた。
「それより、こんなに頻繁に僕のお見舞いに来てると空螺が嫉妬するよ?」
「あいつには適当に出かけてくるとしか言ってない」
茶化すクラヴィンを一睨みして、近くにあった椅子へと腰を降ろす。
頻繁に来ている理由はお見舞いというより報告だ。
動くことが出来ない彼に代わって定期的に闇市があった場所へと足を運んでいた。
なら先ほどの携帯の相手は誰だったのか。
それはルクスである。
彼もまだ行動が気になっていたためか、探ってみたところ残党がいたと知らせてくれた。
「……これで、一応は終了かな」
「そうだな。後はお前の怪我が治れば、な」
「全力で治すことにするよ」
薄っすらと笑みを浮かべる。
精神的にも落ち着いてきたらしい。軌銃はホッと安堵の溜め息を零した。
そのうち、ルーンがグラスをトレーに乗せて部屋へと入ってくる。
「そういえば、ルーン、すまないね」
「何が?」
「ずっとベッド借りっ放しで」
気にしないで、と微笑みながら彼は答える。
一人ずつにグラスを手渡すと、ルーンは壁に寄りかかりながら尋ねてきた。
「軌銃、そっちの生活はどう?」
「大変だ。あいつがよく腹を空かせるから作り置きしておかなくちゃいけないし」
麦茶を流し込みながら軌銃は言った。
そう言いながらも、声音は嬉しそうだ。
そんな彼女の様子に、クラヴィンとルーンも自然と笑みが浮かぶ。
元の生活に戻れたのだ。
喜ばないわけがない。
「……じゃ、私はそろそろ」
「もう?」
「……あいつが煩いからな」
呆れたようにため息を吐き出しながら、軌銃は二人に別れを告げると帰ってしまう。
「よかった。元通りになって」
「そうだね」
クラヴィンが背伸びをすると、呻き声を漏らす。
腹部に痛みが走りぬけ、顔を歪める。
こちらは元通りになるまでもう少しかかりそうだ。
*
「そういうことですので……はい、では」
ルクスは欠伸を零しながら携帯を閉じる。
集めた全ての情報をクラヴィンへと伝え終えた。
僅かに引っかかる点があり、探ってみたところ、残党が逃げ出していたことが分かった。
今は静かにしていても今後残党が何か仕出かすかもしれない。
そう思いながらタバコに火をつける。
ベランダへと足を進めながら、彼は思案した。
今度狙われるとしたらクラヴィンか軌銃のどちらか。
もしくはルーンかブレイン。あの四人の顔が割れてしまっている。
そして、下手すると自分も。
「旦那が派手に暴れまわるから……」
しかし、写真を見たら黙ってはいられなかった、という気持ちは分からなくはない。
しかも彼は直接あの現場を見てしまったのだから。
「……しょうがないですね」
あの人はああ見えて、優しいですからね。
小さく心の中で呟いた。
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