部屋には三人の姿。
一人は負傷した怪我がまだ治っていないクラヴィン。
家の主のルーン。
そして、今回の事件の要の軌銃。
腹部の傷はそう簡単に治らず、今でも歩くのが困難だった。
肩の打撲は動かすまではいけるが完璧ではない。力が入らないのだ。
そんな彼の痛々しいまでの傷は包帯の下に隠れている。
しかし、そんな傷など存在しないかのようにクラヴィンはいつも通り、薄っすらと笑みを浮かべていた。
「で?僕に話があるって言ってたよね?」
「あの写真、何だったんだ?」
軌銃は回りくどい言い方はせずに、ストレートに尋ねた。
クラヴィンはあぁ、と声を漏らしながら、ルーンへと視線を向けた。
彼はあまりその系統の話が得意ではない。
「ボク、ちょっと買い物してくるね」
視線に気付いたルーンは笑みを浮かべた。クラヴィンが言おうとしたことを理解したのだろう。
部屋から出て行く直前にクラヴィンが言った。
「すまないね」
「ううん。気遣ってくれてありがとう、クラヴィン」
「君は……まったく」
肩を竦めようとするが、痛みが走る。
僅かに顔を歪めるも、すぐに笑みが戻る。苦笑だが。
そんな彼にルーンも苦笑を浮かべて、部屋を出て行った。
残された二人は少しだけ沈黙を貫いた。
先にクラヴィンが口を開く。
「さっさと治ってくれないかな……これ」
「……ちょうど良い、殴らせろ」
「……病人を殴るの?まぁ別にいいけど」
どうぞ、と言わんばかりに瞳を閉じる。
ここまで潔いとは思わず、殴る気が失せた軌銃は再度質問をぶつけた。
写真は偶然撮れたもの。
地下に巨大なホールがあり、そこに人間のまだ生きた身体が並べられていて、片っ端から肉体を引き裂いていた。臓器は傷つけないように慎重に透明な液体の中に入れられ、それが商品となって人の手に渡っていた。
しかも、金髪の少女などは生きたまま商品となり薬漬けにされたりと、様々な酷い扱いを受けていたらしい。
情報だけでは足りないと直感し、現場を写真に収めた。
クラヴィンはそう語った。
悲惨だった。今でも鮮明に思い出せるほどに。
悲鳴。笑い声。助けを求める声。
様々な声が混じりあい、いつかは途切れる。
「無力だと思ったよ。僕は」
「クラヴィン……」
「こうやって、情報を集めて……潰すしかできない。無力で……腹が立つ」
力が入らない手が微かに動くのを見た。
拳を作ろうとしている。
軌銃はここまで彼の弱音を聞いたことがなかった。
そもそも、彼がこんなことを言うと思わなかった。
いつも相手より先を見据え、飄々としている彼。
笑みが絶えずに、どこか怪しげな雰囲気を漂わせ、人を近づけさせない。
しかし、やはり彼も一人の人間。
怒りも、悲しみもある。
「お前のせいじゃない。少なくとも、私を助けてくれた」
「……僕、らしくもない……」
乾いた笑いを漏らす。
「初めて見たよ。そんなお前」
「……情けないところ、見せたね」
「なんか、そういうお前は新鮮だな。……ありがとう。私を助けてくれて」
軌銃は頭を下げながら言った。
クラヴィンは首を横に振りながら別に、と呟いた。
長い間、決定的な証拠を探すためにあの闇市に潜んだ。
そして、見つけたのはあの目を背けたくなるような場所だった。
助けられたらどれだけよかっただろう。
しかし、自分にはそんな力はない。
これほど自分を恨んだことはなかった。
だから、徹底的に潰そうと考えた。
だが、感情が先走りしてあのような事態を起こした。
この傷は紛れもない自分の弱さ。
早く潰さないと、次の犠牲者が出てしまう。それだけは避けたかった。
そして、次は軌銃が狙われるのではないかと、そんな恐怖すらもクラヴィンを急かした。
結果的によかったものの、あそこでブレイン、そしてルーンの手助けがなかったら。
「ン……クラヴィン!」
「ッ」
「……お前、背負い込みすぎだ」
気がつけば、軌銃が彼の背中をさすっていた。
「……はぁ、少しナーバスになってるみたいだ」
「……ゆっくり休め……そろそろ、私は退散するよ」
軌銃は小さく息を零して、ドアへと向かった。
「クラヴィン」
「ん?」
「さっさと治して、ブレインの奴にでもからかいに行け。そうすれば調子、戻るだろ」
「……フフッ、ありがとう、軌銃」
軌銃は振り返らないで、部屋を出て行った。
お前の、そんな姿見てられないからな。
そう心の中で呟いた。
そして、もう一度お礼を言った。小さく、小さく。
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