バレンタイン!
「ブ、ブラッドさん……!」
「……何?」
空いたテーブルを片付けていると、二人組の女性から声をかけられた。
綺麗な手に収められた小さなラッピングされた袋を見て、内心あぁ、と呟く。
彼、ブラッドは極端にイベントなどに興味を示さない。
今日だって、そうだ。
「これ……どうぞッ……!」
いつもはお菓子を振舞っている方が今日に限っては振舞われる側へと移動する。
頬を赤く染めながら差し出された袋。
ブラッドはスッと袋を持ち上げて、笑顔を貼り付けた。
「ありがと、頂くよ」
その反応で満足したのか、女性達は頭を下げてカフェから出て行った。
踵を返すと、彼はカウンターへと戻っていく。
溜め息をひとつ零すと、珈琲の良い匂いが漂ってきた。
「ほら」
マグカップを突きつけられ、彼は短くお礼を言い、受け取った。
笑みを浮かべながら、ジェミニが口を開く。
「人気だな、お前」
「……僕、甘いのそんなに好きじゃない」
ブラックの珈琲を喉に流し込みながら、袋を見詰めた。
中身は手作りのチョコだろう。
だが、それはブラッドの口には入らない。大体は職場の人間にあげてしまう。
そんな事実を知ったら渡した女性は激怒するだろうか。
苦味が口の中に広がる。
ブラッドはマグカップから口を離すと人がいなくなった店内を見渡した。
丁度昼時を過ぎた頃で、今頃はみんな仕事へと戻っていただろうか。
「あら、貰ったの?」
奥の厨房から顔を覗かせた寵架が微笑みながらブラッドに尋ねた。
「一応」
「一応ってなによ。よかったじゃない。はい、というわけで私から」
出てきた寵架は手に二つの小さな紙袋を持っていた。
それをジェミニとブラッドに渡す。
彼女は二人の好みを良く知っているため、ジェミニにはお酒が入ったチョコを、ブラッドには甘さを控えた生チョコを作っていた。
「おーくれるのか、ありがとな」
「……ありがと」
ニコリと微笑むと、寵架はまた忙しそうに厨房の奥へと消えていった。
ホールを担当している二人は何をするでもなく、今しがた貰ったチョコを食べようと袋を開ける。
そのとき、小さな鈴が鳴った。
来客の合図だ。
すぐに二人はカウンターの下に袋を隠すと、笑みを浮かべていらっしゃいませ、と言う。
それぞれ想いを込めて。
ハッピーバレンタイン!
*
「ちょっと待った、俺には?」
「梳葉が作ってるわ、安心しなさいよ」
「ならいいが……俺だけもらえないとか悲しいだろ」
「ふふ、梳葉から貰うと三倍にして返さないと。あの人、怒るわよ」
「…………最善を尽くします」
ツヴァイが苦笑した。
厨房でこんな会話が繰り広げられていたことを、二人は知らないだろう。
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