裏のお仕事
基本的に、昼と夜は常に逆転しているようなもので昼間にも関わらずベッドに潜り込むのは職業病なのだろうかと、たまに思う。
カジノは夜になると鮮やかな色彩を宿したライトが姿を現す。逆に言えば、昼間は特にすることがないのだ。そう……緊急の依頼さえなければ。
「やっべ……」
「ヴェッテ!下がれ!」
横から飛んできた鋭い切っ先を避けながら、ヴェッテは言われたとおりに後方へと飛ぶ。それと同時に銀髪を揺らしながらナイフに持ち替えエルラが前線へと飛び出す。その際に、彼はヴェッテに一丁の拳銃を投げ付け、後方で支援しろと言葉ではなく行動で示す。貰った銃を構えてトリガーを無造作に引く。カタタタッとサプレッサーをつけてあったそれは軽い音を立てて銃弾を放つ。
「てめぇら、何モンだ……!?」
「……しがないディーラーだよ」
急接近したエルラに、敵はサングラス越しに目を見開く。首元を狙いナイフを薙ぎ払う。無防備だったそこはなんの抵抗もなく、皮膚、血管を切り裂く。鮮血が勢いよく噴出し、銀髪を、白い頬を赤く汚す。エルラはうざったそうに顔を少し振ると未だ武器を構えている敵に鋭い眼差しを向け、ナイフを構えた。立ち竦んでいる敵の頭を、銃弾が貫通してき次々に重力に従って身体が倒れていく。
照明が明滅している。部屋には血、硝酸の臭いが充満していて思わず顔を顰める。
「ごめんエルラ、大丈夫?」
「おう、平気。それより肩、大丈夫か?」
「俺も平気だよ」
一度気が緩んだ時に、刀で肩を斬られ抉られてしまったが咄嗟の判断で回避したために、そこまで傷は深くない。ヴェッテは笑みを浮かべて負傷した肩を押さえた。
エルラは横目で強がるヴェッテを見て、部屋の隅に置かれた金庫へと近づく。電子ロックされており、簡単には開きそうにないがアロンが渡してくれた機器を使ってパスワードを解除する。すると、カシャンという音と共に重々しい扉が開く。中からは綺麗で、様々な宝石が埋め込まれたネックレスがあり、それを手袋をして手に取るとヴェッテを呼んで箱の中に押し込み、それをアタッシュケースへと。
「完了……戻ろうぜ」
「おう!」
*
「こちらで、間違いないでしょうか?」
「まさにこれだ……ありがとう。報酬は……」
「いつもどおりでお願いします」
ヴェッテは貼り付けたような笑みを浮かべる。向かいに座っているスーツ姿の男性も機嫌が良いのか、アタッシュケースを二個、デスクの上へと置き立ち上がった。ヴェッテも立ち上がり深々と頭を下げ言葉を繋ぐ。
「また何かありましたら、キールかわたくしの方まで」
「あぁ、また頼むよ」
それじゃ、と男は軽く手を上げて客室を去っていった。姿が見えなくなったのを確認してヴェッテはドサリとソファーに座り込んだ。瞬間、負傷した肩がズキリと痛みを主張する。顔を顰めてジャケットを脱いで肩を見てみる。簡単にしか止血しなかったそこはすでに包帯を赤く染めてしまっていた。うんざりした溜め息を吐き出して立ち上がると彼は別施設へと向かう。
あの依頼主も無茶を言う。依頼を受けてすぐに依頼品がどこにあるかを把握し、エルラと二人でその場所まで赴き敵を全員殺して問題なくそれを回収。……いや、問題はあった。センサーに引っ掛からなければ殺すことなどなかったのだ。そのままカジノへと戻って、簡単な応急処置をしてヴェッテは依頼主の元へ。先程の会話へと繋がる。
死にそうだった。激痛と疲労が同時に襲ってきて早く休みたいと身体が悲鳴を上げている。
「いってぇ……」
フラフラと覚束ない足取りで別施設の扉を開く。すぐにエルラが駆け寄ってきて、心配そうに顔を覗きこんだ。
「大丈夫か?」
「痛すぎ、やばい、死ぬ」
彼を支えるように、エルラは腰に手を回して近くの部屋へと入る。ベッドに座らせて包帯を取り少し待ってて、と言うと棚へと駆け寄り色々な器具を取りだす。その間も浅く息をして痛みを堪える。喰らった時はそこまで痛みはなかったのにカジノに戻った瞬間、激痛が走った。緊張が解けたせいだろうか。
そんなことを考えているとトレーに器具を乗せてエルラが戻ってくる。
「お待たせ」
「ん、」
血が固まって黒くなってしまっている。そこにゆっくりと注射針を差し込む。
「ごめん、痛いかも」
「もう痛いからだいじょーぶ」
プス、と針が肌に刺さり、液体が注ぎ込まれる感覚にヴェッテは顔を歪める。だが、少しするとじんわりと肩が麻痺していき、痛みが引いていく。
「どう……?」
「ん……効いてる」
「よかった」
エルラは薄く笑い、傷の処置をしていく。包帯も綺麗なものに巻き直して処置は終わる。
「さんきゅ。はぁー、あの依頼主嫌いだわ……」
「アロンと同じこと言うな」
「あーアロンも嫌いなのか……まだ真昼間だぜ?少しは寝かせろっての……」
愚痴を溢すヴェッテに、エルラは器具の滅菌やら消毒やら後片付けを始めていた。大体はカジノを開いている間に依頼主は内密にヴェッテかキールに依頼をして誰かしら二人が依頼をこなす。そのようなサイクルなのだが今回は昼間に依頼が来てしまったために寝る時間を削って動いていた。
「少し寝る?」
「いやいや……もう目覚めたし……」
「睡眠薬あるよ?」
「薬の力借りてまで寝たくない!」
妙なところで駄々を捏ねる彼にエルラは溜め息を溢す。
「わかった、でも休んでろ」
「はーい……」
負傷したのだ、せめて夜まで休んでもらいたい。エルラはクシャリと彼の頭を撫でる。
「エルラはどうするん?」
「どうしよっかなー……取り合えずシャワー浴びてくる。まだ臭いが取れてなくて」
「そなの?」
ヴェッテが彼の肩を掴んで、屈んでもらうと銀髪に顔を埋める。
微かに血の臭い。表面上は取れているものの、血が入り込んで銀髪に僅かに黒が見えた。
「ん、ほんとだ」
「返り血、豪快に浴びたから」
スッとエルラに視線を戻すと、いつもより少し赤い唇に目が惹かれた。
「……キスしたい」
「はぁ?」
唐突なヴェッテの言葉に、エルラは頬を微かに染める。
「駄目?」
「……勝手にしろ」
拒否されるかと思ったが、エルラはヴェッテから視線を外して肩に置いてあった手に握る。
やけに汗ばんだ手を持ち上げエルラの腕を引き、ゆっくりと唇を重ねると、血の味がして僅かに眉を寄せた。ヴェッテはぎこちなく舌で彼の唇を叩く。するとそれに答えるように薄く唇が開かれヴェッテの舌を招き入れた。奥に縮こまったエルラの舌にゆっくりと絡ませる。
「ふ……ぅ、んっ……」
鼻から抜ける甘ったるい声に、ゾクゾクする。ヴェッテは更に口付けを深いものへと、腰に腕を回して引き寄せる。
「ん、ンッ……」
ドサリ、と二人でベッドに転がるが構わずヴェッテは彼の咥内を堪能する。そのうち苦しくなったのか、エルラがヴェッテの腕を叩き離す様に伝える。唇を離すと、銀色の糸が繋がり、プツリと唐突に切れた。
「はっ……おいっ、」
「ん?何?」
「何じゃねぇよ……どこ、触ってッ……」
「勝手にしろって言ったのエルラだろ?」
「どこまで、やるつもりだっ……」
「んー。最後まで」
「断る!」
「ごはっ!ちょ、俺病人!」
「知るか!死ね!」
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