硝煙と血の臭いで咽返りそうな中、そこに立っていた。
向けられる剣は血に汚れている。
それが誰の血なのか。

直感的にわかってしまった。


*


「ッ__!!」


目を開きガバッ、と身体を起こした。嫌な汗が額、そして背中を伝う。息が上がり視界がぼやける。自分が今何処にいるのかすら認識出来なかった。暫くしてから、此処が自室だということに気付かされる。
深呼吸をして息を整えるとデジタル時計へと目を滑らせた。文字盤に浮かび上がった数字は一時を示していた。

彼、オルトは前髪を掻き上げながら目を細める。
あの夢は兄が殺された時のもの。最近見なくなったと思ったのだが__


「……に、いさ……」


声が掠れている。恐怖が身体を縛り上げているのだろう、あの光景はトラウマ以外の何物でもないのだから。
たとえ軍に入っていくら強くなったところで恐怖心はなくならないのだろう。

オルトはグッと奥歯を噛み締めるとサイドテーブルに置いてあった端末へと手を伸ばした。そして自分のパートナーへと通信を繋げてみる。


『どうした?』

「ぁ、たい、ちょ……」

『……鍵、開けとけ、今行く』


それだけ言うとブツン、と通信が途切れた。オルトは重い足を何とか動かして電気をつけ、部屋の鍵を外す。そして再びベッドへと戻り、端へと腰を降ろした。

暫くすると、ノック音がした。


「入るぞ」

「はい……」


キィ、と木製の扉が開く音が聞こえた。そして足音がこちらに近づいてくる。


「……大丈夫か?」

「……す、みま……せん」


カタカタと震えるオルトの身体を、彼は隣に腰を降ろしながら抱き締めた。


「落ち着け、大丈夫だ……」

「ッふ……ぅ……ぇ」

「泣いていい、俺しかいないから」


ゆっくりと彼、エラルドの背中に手を回しながら涙を溢す。嗚咽が部屋に響く。エラルドは彼の背中をさすりながら抱き締める腕に力を込める。お互いの体温を感じ合うようにしっかりと。

久々だな、とエラルドは声をかけながら頭の端で思う。ここ最近はオルトはこういう風に夜中に通信をしてくることもなく、夢にうなされることもなかった。だが、こうしてまだ夢を見るという事は心に残っているのだろう。自分が兄を殺した、ということが。
実際は戦争で殺されたのだが、オルトを守って死んでしまったことを、彼は自分のせいにしているのだ。


「ひぅ……ッ、……」

「……オルト」

「ッたい、ちょ……」


いつもは特攻部隊のムードメーカーであるオルトがこんな風に泣いているなんて仲間が知ったらどういう反応をするのだろう。きっと、冗談だって笑われるに違いない。それに彼はプライドが高い、自分の弱いところなんて見せないだろう。

だから、こうやって自分だけに弱みをみせてくれるのが、嬉しくて。


「んぅ……」

「ッ……」


綺麗な蒼の瞳が今だけ少し赤くなってしまっている。頬に落ちた涙をエラルドは指で掬い取り、手を添えて上を向かせるとゆっくりと口付けをした。


「ん、たい、ちょ……?」

「少しでもいい、俺の前だけでいい、本当のお前を見せてくれ」


再び抱き締めながら、エラルドは呟く。
すると、


「隊長の前だけでしか……こんな弱い自分、見せられないです」

「オルト……」

「駄目ですね……俺、強くなるって決めたのに」


自分を嘲笑うような声に、エラルドはちゅ、と頬に軽くキスをしながら言った。


「お前は十分強い。逃げない強さを持っている」

「でも、それが戦闘に響くのは……」

「そうだな、割り切るのも必要だ。でも、ゆっくり慣れればいいんだ」


すると、オルトが身を離してエラルドを見上げる。眼鏡をかけていないせいか、その瞳はいつも以上に真っ直ぐに見えた。


「ん……隊長に迷惑じゃない?」

「迷惑だなんて思わない。……信じろ、お前の使っている銃を、剣を……俺を」

「……うん。隊長を信じる……ねぇ、たいちょ?」

「ん?」

「……一緒に……寝て?」

「どういう意味で、だ?」

「ふ、普通の意味です!」


ニヤニヤとエラルドが腰に手を回しながら近づいてくるのを、オルトは慌てて肩を押す。


「それに明日、大佐と特訓ですよね!?」

「分かってるよ、慌てるお前が見たかった」

「なんですかそれぇ!っん……」

「……愛してる」

「……俺だって、たいちょーのこと愛してます」

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