とあるバーで
―BLUE CUBE―
そこは何処にでもありそうな、バー__表向きは。
そこに集まる人達は"少し違った経歴"を持っている。
中を覗いてみると、お店の名の通りに淡い青いランプが店内を照らしている。独特の雰囲気を醸し出している四角いテーブルや椅子。カウンター席に視線を移してみると、バーテンダーらしき人がグラスを丁寧に拭いている。そして目の前には黒いシャツにジーンズというラフな格好をした男性、そしてスーツを身に纏った女性が一人、カウンター席に腰を降ろしていた。
そっと耳を傾けてみると、会話が聞こえてきた。
「今日もお疲れ様」
「全くよ……竜埜があんな事仕出かすと思わなかったわ」
「私が動かなかったら貴方、あの人撃ち殺していたでしょう?」
「突然私に蹴り入れなくたっていいじゃない!」
なにやら物騒な単語が飛び交っている。竜埜と呼ばれた男性はガリガリと後頭部を掻きながら欠伸を零す。
フォークで目の前にあるミルフィーユをざっくりと半分にし、何層にも重なっているパイ生地を貫き、それを女性に向けながら言った。
「貴方に言葉で説明したところで理解してもらえるとは思わなかったので」
薄っすらと笑みを浮かべながら、寧ろ女性を嘲笑うようにして彼はフォークで貫いたミルフィーユの層の半分を口の中に含みパリパリと良い音をさせながら噛み砕いていく。程よい甘さ、そしてフルーツの酸味がより美味しさを引き出す。竜埜はそれを楽しみながら彼女の表情が屈辱の混じったものに変わるのも楽しんでいた。
そんな二人の様子を見ていたバーテンダーはクスクスと笑いを零しながら口を開いた。
「相変わらずだね。竜埜の突拍子もない行動も、瀬夢の動揺しない強さも」
「全く……人を殺すのは犯罪ですよ?」
「あんたも私を殺しかねなかったわよ!」
何も感じていない様子で竜埜はミルフィーユを平らげていく。女性__瀬夢は怒りを含ませた瞳で彼を睨みつけていたものの、呆れたようにため息を吐き出した。
そしてグラスの中身を一気に飲み干す。再びぶつけたかった言葉と共に息を吐き出した。
「はぁー……愁さん、私、ミルクレープ」
「はーい。おーい!」
「あー?あぁ、瀬夢のケーキね、ちょい待って」
カウンターの置くから声が聞こえる。
「……ほら」
扉が開くと、緑と赤が混じった短髪の青年が気だるそうに一つのケーキを愁へと差し出す。
ニコリと笑みを浮かべながら愁はそれを受け取ると瀬夢の前へと置いた。
短くお礼を述べると、彼女はフォークの先端でゆっくりとミルクレープを切る。
いただきます、と言ってフォークを口の中へと運ぶ。
幸せそうに頬が緩む。
「んー……!やっぱり仕事終えた後のケーキは格別ね。やっぱり漿伽のケーキが一番ね」
「そりゃどーも」
別に嬉しくもなさそうに漿伽と呼ばれた青年はグラスを取り出して棚から一本の赤ワインのボトルを取り出し、コルクを引き抜いて注ぐ。味わう、などということはせずに子供がジュースを飲むようにただ喉を潤すためだけに流し込む。
そんな彼を見ていた愁は苦笑を浮かべた。店の物でも無料ではないからもう少し味わってもらいたいな、と思いつつ彼は瀬夢の空いたグラスに氷を入れウイスキーを注いだ。
こんな和やかな空気で談話しているが、彼等は普通の人ではない。
簡単に言えば、彼等は犯罪者である。
まず、猫背の彼、名前は竜埜。表向きにはクラヴィンやルクス達と同じ情報屋として働いている。しかし裏の顔は窃盗、転売、主には盗んできたものを横流しするということをしている。裏の人間達に情報を流したりも。
彼の手にかかればお偉いさんの屋敷へ侵入し、盗み出すことは息をするより簡単な事である。
色々な場合を想定し、様々な策を巡らせ仲間をサポートする。そのために彼等も安心して行動ができる。
竜埜がこの中で一番頭が切れる人物。そんな彼でも、戦闘が本人曰く苦手であるようで、それを支えるのが竜埜のパートナーである彼女。
名前は瀬夢、女性だと思って舐めてかかると返り討ちにされる。体術から剣術、そして一番の相棒である銃を扱う。
主に竜埜が行っていることを円滑に進めるために動いている。
この二人はあまり人を殺す、ということをしない。全くとは言い切れないが。
だが、愁、そして漿伽はその人を殺すのを仕事としている。人から頼まれれば、どんな相手だろうと確実に捕らえる。そして死へと導く。死体処理まできっちりやるために、殺された人物は行方不明のまま処理される。
主に手を汚すのは愁、後片付けが漿伽という風に役割を分けている。
殺人や窃盗諸々を騎士団や軍が見逃すはずもないのに、なぜ彼等は捕まったことがないのか。
それは竜埜や漿伽の情報、そして適切な判断と引き際を得ているため。また瀬夢と愁による口封じによるためである。だから名前も顔も、裏の人間にしか知られていない。
しかも、大体は偽名を使っているために本名は仲間内と一部の人間にしか知られていない。
「今日は何処に?」
「あの有名な美術館あるじゃない?あそこの宝石」
「で、ちょっと瀬夢さんがしくじって一人に発見されまして」
「瀬夢が銃で撃ち殺そうとしたけど、音が響いてバレるのを危惧した竜埜が蹴っ飛ばして何とか口封じをした……と」
「……そう、結局私が悪いのよ」
漿伽の適切な発言に瀬夢は不貞腐れたようにグラスを口に運んだ。
「焦ると瀬夢の頭は回らないもんね」
「あ、愁酷い……わかってるんだけどね……」
クスクスと笑う愁に、彼女は頬を膨らませた。しかし、自分の短所に思わず表情を暗くする瀬夢に彼は眉を下げた。
それを見ていた竜埜は一口サイズに切ったミルフィーユをザクッとフォークで全部貫き、彼女の目の前へと突き出した。
「瀬夢さん、状況を判断するのは私の役目です。貴方はただ目の前の敵を殺せばいいのです……これ、おいしいですよ」
最初の方は真面目な表情で瀬夢に言っていたが、最後の方はミルフィーユが刺さったフォークをゆらゆらと揺らしながら笑っていた。
瀬夢はポカン、としていたがフッと微笑み、パクリとミルフィーユを食べる。
「……ほんとだ、美味しい」
「……本当に食べると思いませんでした。間接キスですね」
「なに馬鹿なこと言ってるの!」
「仲がよろしーことで……」
頬を赤くして彼女は竜埜の胸倉を掴む。
そんな様子を漿伽と愁は呆れたように笑っていた。
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