小説
午前中は快晴だった空も、午後になった途端に雲が覆い隠すようにどんよりとした空になっていた。
そんな空を仰ぎながらとある野原でペンを走らせていた炬空は溜め息を吐き出し片付けを始める。
せっかく良い天気だったからその様子を交えつつ小説を書きたかったのにな。
そんなことを思いながら彼は鞄に詰めると、立ち上がった。
深緑の髪が風に乗って揺れる。
「……雨になるかな」
*
「……うわっ、降ってきた」
深禄は外を見詰めながら驚きの声音を交えた。
最初は少なかった雨粒も数を増している
森は一層暗くなり豪雨が窓をたたき付けていた。
一緒の客間にいたアドルフも窓を見ながら息を吐き出す。
「天気予報も信用できませんね」
「フールとかに聞いたほうがよっぽど信じられるよ……もー」
文句を言いながら、屋敷の使用人、翠羅が作ってくれたシフォンケーキをパクリと食べる。
「そうですね……確かに」
微笑を浮かべながらアドルフも紅茶をゆっくりと楽しむ。
他愛ない話を交えていると、ノックの音が聞こえた。
彼が短く返事をするとどこかの魔術師を想像させられる服を身に纏った男性__ディメールが入り、アドルフに視線を向ける。
「お客様だよ」
「……キョーくん?!」
ディメールの背後から現れた男性は全身びしょ濡れになっていた。
「やぁ、ミーちゃん……すみませんアドルフ、ちょっと雨宿りしてもいいかな?」
「もちろんですよ。ディメール、翠羅も呼んで彼に着替えとシャワーの用意を」
「んっん〜、りょうかーい」
炬空を連れ、ディメールは部屋を後にした。
*
「どうぞ」
「ありがとう、翠羅」
ペこりと律儀に頭を下げ、翠羅は客間を出た。
「アドルフもありがとう。助かったよ」
「いえいえ。それよりも、鞄の中身は無事でしたか?」
「それはしっかりと……」
「あ、新作?」
深禄は顔を輝かせながら炬空の傍へと寄る。
彼も笑みを浮かべながら持っていた鞄からレポート用紙を取り出す。
「ミーちゃんにまた挿絵頼もうかな。いい?」
「もっちろん!」
「ふふっ、出来上がったら私にも読ませていただけませんか?」
「えぇ。こんな僕の作品でよければ」
彼の小説は仲間内にしか知られていないものの、そこらへんの本屋に売っている小説よりも惹かれるものがある。
出版したら売れるのにな。
アドルフは片隅で考えるも、彼があえてそれをしない理由をも理解していた。
書きたい時に書くからこそ、豊かな表現が生み出せるのだろう。
締め切りに迫られながら書いた小説にそれがあるとは思えない。
「本当に、貴方の小説は素敵なものばかりですよね」
「そんなことないです。でも……そう言ってもらえると嬉しいです」
はにかみ、少しだけ頬を染めた。
そんな彼の表情を見詰めていた深禄は自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じ取る。
彼女の視線に気付いたのか炬空は視線を動かし、しばしば二人は見詰め合っていた。
「……」
「どうしたの?ミーちゃん?」
「ふぇっ?!う、ううん!何でもないよ!」
ようやく彼の視線に気付いた深禄は慌てて視線を外した。
不可解な行動を取る彼女に炬空はただ首を傾げる。
「ふふっ……」
二人の様子に、ただアドルフは笑いを零した。
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