尾浜

改まった装いで家の敷居を跨いだ奴を目にした時発狂しなかった俺を誰か褒めればいいと思う。

今、奴は机を挟んで俺の前、そして娘の隣に座っている訳だが、この後聞かされるであろうお決まりの魔の呪文の前に、少しばかり奴のことを説明しよう。

奴は近所に住む娘の幼なじみで勿論俺もよく知っている。
だって昔から娘を取り合った仲だもの。
そりゃあもう、長年に渡って争ってきたさ。
勿論俺は手加減などするはずもなく、大人の特権使いまくって。
ほら、俺は性格が悪いからな。
若干オブラートに包むとしたらひねくれ者といったところか。
しかし奴はそんな俺に屈するどころかばっちりと影響を受け、それはそれは凄まじい成長を見せた。
娘が中学生になる頃には既に俺の勝率は50%を切り、高校に上がってからは数えるほどしか勝ててはいない。

そんな最悪の敵と化した奴は俺の最愛の娘をついに本格的に奪いに来たらしく、
「娘さんを俺に下さい。」
というわけですよ。
ははっ。
もはや渇いた笑いしか漏れてこない。
あー、聞きたくなかったー。
マジで聞きたくなかった。
なんで全力で潰しとかなかったなぁ…。
あーもー、俺迂闊!
未来の敵野放しとか超迂闊!
つーか俺の娘もさ、何でこんな奴がいいのかね。


「うーん、良い性格してるとこ…とか?なんかお父さんに似てるんだよねー。」


………際ですか…。


そして奴は再び着飾った格好で俺の前にいる。
「絶対幸せにします。」
気に喰わないことこの上無しだが、ここは娘に免じてこの言葉を信じてやることにした。
だけど、
「泣かせたら取り返しに行くからな。」
これくらいはいっても罰は当たらないだろ?










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