久々知

『いつもの居酒屋にいるから。』
それだけ告げられ一方的に切られた電話に従い、馴染みの店に足を運ぶと
「やぁ!遅いよー」
そこには既に出来上がった娘がいた。


「ほらー。お父さんも飲んでー」
「おい!ちょっ…!」
席に着くなり直ぐに目の前のグラスに並々と注がれたソレは、明らかにテーブルの上では一番強いもので、たいして酒に強くない俺にとっては過ぎた代物だ。
娘も俺が酒呑みでないことくらい知っているのに…。
良く言えばお茶目、悪く言えばいたずらなところは俺に似たのか、妻に似たのか…。
そんな気持ちを知ってか知らずか、娘は俺の怨めしそうな顔は華麗にスルーで、「これ食べなよー」なんて言って冷奴をずいっ、と差し出す。

……我ながらよくできた娘だ。


注がれた焼酎はそっとテーブルの隅に追いやり、頼みなおしたハイボールと共に冷奴をつまむ。
2セット目のジョッキと皿が空になる頃には既にほろ酔い。
それでもまだ物足りなくてもう一杯を注文しようとした手は、一回り小さく白い手に阻まれた。
視線のみをすっと戻すとこちらを見つめる長い睫毛に縁取られた大きい目とかち合う。
その瞳に浮かぶ真剣な色に、息を呑み、身構える。

「お父さん…。私…、会わせたい人がいるの。」
ほら来た。来ると思った。
「……知ってる。お隣の……彼、だろう?」
喜ばしいことなんだろう。
でも、何だか聞きたくなくて、続く言葉を遮った。
「…あれ?気付いてたんだ。うーん、ばれてないと思ってたんだけど…。私もまだまだだね。」
返事は出来なかった。
だって全然まだまだじゃない。
あんなに近くにいたのに俺は気付けなかった。
実のところは母さん、つまりは俺の妻に出掛けにそっと告げ口されただけだった。
小さい頃は些細な隠し事にも気付けたのにな…、なんて、ふと昔に思いを巡らせると同時に熱く込み上げるものに気付いた俺は誤魔化すように隅に寄せた焼酎を一気に煽った。

それにしても、いつの間に“女の子”から“女性”になったんだろう。
何事もないふりが上手いこととか、何か悟ったような笑顔とか、ほんとに母さんにそっくりだ。

とりあえず、潤んだ目元をぱっと拭うと、ハイボールを2杯追加する。
「お幸せに。」という呟きと乾杯の澄んだ音に、2人の笑顔がはじけた。










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