秘密基地



※社会人青手が同棲中


ひとつ、ご飯は一緒に食べること

我が家の朝は大体俺が早い。早朝、耳元でわんわん叫びまくる目覚ましがまるで存在しないかのような穏やかな顔で眠り続ける青八木を横目に、寝ぼけ眼をこすりながら目覚ましを止め、起こさないように、と一応の気は遣いながら布団から這い出る。あらかじめ用意してある仕事着にさっと着替える。癖っ毛との格闘の末、どうにか身なりを整える。そして昨日の残り物中心の朝ご飯までこしらえる。ここまでに約30分。ここでようやく、割とドタバタしているのに全く起きる気配のない青八木を起こしにいく。俺が声をかけると、青八木はうーんと唸り身体をひねる。先ほどセットしたのにも関わらず、朝ご飯を作るのに熱を使ったせいか、既に寝癖の面影が顔を覗かせつつある俺の真っ黒な髪とは対照的な、どれだけ寝ても寝癖ひとつ付かないさらっさらの薄い色の髪が白いシーツの上を流れた。その光景は綺麗だし、美しい髪は青八木の好きなところのひとつなのだけども、やはりどうしても少量の腹立たしさが拭えないので、無慈悲に掛け布団を引っぺがす。
そんなことをせずとも、ご飯出来たよ、の一言と、味噌汁の鍋をあけて匂いを流しさえすれば、見た目から想像出来ない大食漢である青八木は自ずからふらふらと椅子までは来るのだろうが、近づき難ささえ感じさせる程に外ではお綺麗な外見を崩さない青八木の、無防備な寝顔だとかぐずる様だとかを、俺にだけは見せちゃうのだという特別感味わいたさに、これも一種のコミュニケーションと言い訳をつけて毎朝繰り返す。めんどくささを楽しむのが恋愛だと聞いたことがあるけれど、まさにそうだと思える恋に出会えた俺はきっと幸せ。
顔を洗い通常青八木に多少戻った青八木が、食事が用意された二つの席のうち、山盛りのご飯がよそってある方に腰掛けた。その向かいにはもちろん俺だ。つやつやの白米に黄金色の玉子焼き。茄子とピーマンの肉味噌炒めは昨日の残り物を温め直しただけだけど、いかにもご飯に合いそうな匂いが空腹を刺激する。あと、相性とか全く無視したヨーグルト。これ食べとけば一日調子が良い気がして、何となく外せなくなっている。青八木のお腹が鳴った。少し恥ずかしそうにこちらを見る彼に、俺は笑いかける。そして二人で手を合わせた。
「いただきます。」
こうして我が家の一日はスタートする。

青八木の食べっぷりは朝から凄まじい。机上に並んだ二人分にしては多めの食べ物の大半をその胃に収めていく。学生時代にやっていたスポーツと、そこで出会った先輩の影響は数年たっても健在だ。一方の俺は、視覚情報のせいか自分が食べた量以上の満腹を感じながらごちそうさまをして先に席を立つ。空になった食器は水に付けておくだけして、再び身の準備に戻る。出社時間的に、朝ご飯の用意は俺で片付けは青八木というのは暗黙の了解になっている。一人分やるのも二人分やるのも大して労力は変わらないから、役割分担できるのはありがたい。青八木もそう感じてくれているのであれば、同棲の大きなメリットである。
洗面台の前で歯磨きついでに、どうしても広がる髪を気休めに撫でつけて後は見ないふりをしたら準備完了。昨日の晩ご飯と今日の朝ご飯と同じメニューで構成された弁当以外は前日と同じ荷物が入ったままの鞄を手に取り玄関に向かう。その足音に気付いた青八木の足音が近づいて重なって止まった。そして軽く口を食むだけの啄むようなキスをする。別れを慰めるように、しかし名残惜しさは生まないように。
ひとつ、家を出るときはいってきますとキスをすること。
「いってきます」
二人でがむしゃらに前だけを目指していた頃に比べ、窮屈な服を纏い、窮屈な靴を履き、窮屈な場所へ行くためにドアを開けた。仕事は嫌いではない(むしろ好ましい職につけた方だろう)けれど、昔の熱さや自由さが懐かしくなることは少なくない。しかし今にだって幸せはある。この行為はその幸せを噛み締められる瞬間のひとつで、社会の歯車を器用にこなさねばならぬじんわりと精神を蝕むタイプの嫌なことが多い毎日でも、悪くはないなと比較的楽しく乗り切れる要因になっていると思う。


と、このように、起きてから家を出るまでだけでも必ず守るルールが二つ。これは平日バージョンで、休日には休日のルールがあったりする。ご飯は一緒に食べること。無理な時は早めに連絡を入れること、といったライトなものから、週に一回は必ずセックスすること。一日に一回は必ず愛の言葉を口にすること。スキンシップは極力とり、理由なく拒絶しないこと。といったゲロ甘なものまで、恋人として同棲するためのルールとして実際に言葉を交わして決めたものがだいたい三十程度。暗黙の了解はもうカウントしないことにする。ポイントは、気分じゃなかろうが、喧嘩してようが、必ず実行するってところだ。これらすべての、聴く人からしたら煩わしいとも思えるルール達は、たったひとつの絶対的なあるルールから始まっている。

ひとつ、俺たちの関係を匂わせるような言動を外では消してしないこと。

残念なことに同性愛者に対して、世間は冷たい。いくら個人の尊重が叫ばれようと、仮に法の整備が進もうと、少なくとも俺たちが生きてる間に男女間の普通の恋愛と同じ待遇を受けられることはないだろう。確かに法律などの器の問題もあるのだが、実際生活する上で困難なのは世間体という、もっと変え難く抗い難いもののほうだ。男女間の恋愛が通常で、同性愛は異常。そういう意識は仮に法がどうこうなったところで、簡単に拭えるものではない。今現在も世界の何処かでは声高に叫び保護なり受容なりの行動が生まれて続けているのがその証拠だろう。意識がなければ行動になる訳はない。この意識が間違っているとは思わない。かといって、共存できるとも思わない。だから、俺たちは世間に理解を求めないことにした。二人でいい。二人でゆるくこの暖かな幸せを貪れたらそれでいい。
消して得られない世間からの完全な受容に苛まれ続ける苦しい関係にしてしまうくらいなら、このままなんの進展も望まないから、現状維持の幸せを大切にしようと決めた。青八木が俺を特別だと思ってくれるならそれ以上何もいらない。それを失くすのが一番怖い。親からの、兄弟からの、  友人からの、同僚からの、上司からの、先輩からの、後輩からの、世間からの。ありとあらゆるものからの受容や祝福の可能性をかなぐり捨てた。有象無象の評価のために青八木が離れてしまうことを恐れた。

俺たちの間に、物理的な証は残せない。子もできないし、結婚もできない。露呈するのを怖れて、指輪はおろか、お揃いのものすらほとんど持っていない。学生時代に修学旅行で一緒に買った、チャチなストラップを後生大事にしているなんて笑える話しだ。それで良いと決めてやっている関係だが、不安にならないわけはない。物どころか他者の認識という形での確認もできない俺たちは自分たちがそう思い込むことでしか恋人として存在し続けられない。普通なら乗り越えられる些細な喧嘩すら命取りだ。とても不確かであやふやな状態。ならばせめて、俺たちは恋人だと自信を持って言うための根拠が欲しい。恋人っぽい行為を連ねたいくつものルールは俺たちの関係が確かにあるという即時性の証なのだ。この部屋の中、二人にだけしか伝わらない。せめてそんな限定的な小さな空間だけは証で満たしていたい。
木工室の机に彫られたガタガタの相合傘にも似た子供だましのおまじない。臆病者の俺の精一杯の抗いは少なくとも今日は実を結んでいる。







↓おまけ

たまに職場から帰ってきた純太の調子がおかしい時がある。純太は取り繕うのが上手な方だからおそらく他の人にはわからないのだろうが、愛の力なのか、ただ単に毎日顔を付き合わせているからなのか、敏感に察せるようになった。そして、これは最近知ったのだが、そのようになる原因の多くが、同性愛者に対する話が耳に入ってきたときらしい。といっても、具体的に内容まで把握しているのは、同僚の『同性愛あり得ない』発言と、酒の席での先輩の『お前女っ気ないな、ホモじゃねぇの』発言だけだが。成り行きを聞くに、どちらも発言者に悪意はなさそうだったが、純太としては、ばれているんじゃないだろうかとか、やっぱりこの関係は間違っているんじゃないだろうか、とか、どうしても考え込んでしまうらしい。
「大丈夫」と言う。何根拠も確信もない。純太を慰める為といよりはむしろ自分に言い聞かせるように、毎度のようにそう吐いている。そんな俺の虚勢と偽りだらけの言葉に純太は本当にホッとしたといった顔で笑む。
その穏やかで優しい笑顔に自分で吐いた「大丈夫」の何倍も大丈夫な気にさせられてしまうのだ。

きっと青八木は本当に大丈夫だなんて思ってはいない。この関係の危うさだとか脆さだとかはよく理解している人だ。それでも「大丈夫」と言うことで、本当に大丈夫にしようとしてくれていることは分かるから、そう思ってくれている間はきっと大丈夫だと思えてしまって、嬉しくて嬉しくて、どうも締まりのない顔になってしまうのだ。


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