嘘と慟哭







凶王、石田三成は目の前の唐突に狼狽した。

ともすれば彼が倒れていたであろうその場所には、彼の友人、大谷吉継が戦国最強の槍を受け、力なく横たわっていた。いつもは吉継の力でふわふわと空中を浮遊している御輿もまた、弾き飛ばされた後の墜落の衝撃の為か木片と化し、四方に散開している彼の武器である八つの水晶も同様に、三つにはひびが入り、最も遠方に飛ばさされた一つに至っては砕けて辺りに日の光を散らしている。

「刑……部…?」

三成はしばらく呆けて、そして理解した。自分の友人は自分を庇い、そこで息絶えようとしていることを。

「刑部!!」

三成は死におののくような者ではなかった。先ほど自分を狙った戦国最強がまだその場に存在するのに構わず、自衛の意識もそこそこに己の友の下に駆け寄る。その足取りは戦場を駆ける際と遜色ない速さではあったが、少ないながらも存在する人間味の部分の乱れの為か少しばかりふらついていた。倒れこむように吉継の傍らに膝をつく。慣れた血のにおいが鼻をついた。思わず手を伸ばし、吉継の身体にふれるが、反応はあえかなものだ。だが何より、自らに触れられることを良しとしない吉継が何も言わないことに、何か冷たい感覚が背中を走った。その時三成の脳裏を掠めたのは、いつしか吉継と交わした言葉。

"死ぬな"
"あい、分かった"

たった一言の幼稚な約束。いや、"約束"などと言える程立派なものではなかったかもしれない。それでも絶望の底で投げ掛けた一方的な願望は確かに三成の中で譲る事の出来ないものとして生きていた。しかしいくら融通のきかぬ三成とて馬鹿ではない。この裏切りが、乱世の中では避けられぬことも、自分の為にもたらされたことも分かっている。それでも、かつて自らの最も侵してはならない部分を裏切りによって壊された三成にはそれはどうしても許し難かった。それが、他の誰でもない吉継とのものであるならなおさら。そして更に追い討ちをかけるのはこの裏切りが意味するのは全てを失った三成に残された唯一の存在の消失であること、その為に沸き上がる恐怖という慣れない感情。女々しいことを嫌う三成の心はすぐに飽和し、その感情すら憤怒へと転換する事でしか自らを保てなかった。そして三成は一度沸き上がってしまった感情を鎮める術など持ち合わせてはいなかった。

「裏切るのか刑部!貴様は死なないと約束したではないか!!私に嘘を吐くな!約束を、違えるのか!この軟弱者が!」

溢れだす感情は無意味な叫びとなって彼の外へ、動かなくなった吉継の下へ。その叫びがどれ程愚かで、幼く、身勝手なものかは分かっていた。それでも止めることなど出来なかったのは、またあの軽口で己を諫めてくれるのではなどという馬鹿馬鹿しい期待すら消し切れなかったからだろうか。

「何とか言え!刑部!」

しかし閑散とした地に広がる焼け付くような慟哭に軽口はもう応えない。それでも止まってしまうのは怖くてひたすらになじるしか出来なかった。しばらくすると語彙は尽き、喉も痛みを覚え始めたが、それでもやはり詰まる叫びの隙間で出来る何かを探した。ふとした僅かな隙に顔を覗かせる奇妙なざわめきが気持ち悪くて、凪ぎ払うかのように荒々しい手つきで吉継を掴み、起こし上げると、その身体は予想以上に軽く、何の抵抗もなく三成の腕の中に収まった。先に触れた時よりも冷たくなった身体にいつかの記憶がフラッシュバック。三成の腕は弛緩し地面に落ち、支えを失った吉継の身体もずり落ちる。色素の薄い三成の顔から更に色が失われていた。



泣こうが喚こうが、何一つ元に戻りはしない。

決して覆らない現実。

三成はそれを知っていた。





戦慄。


「ああ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁぁぁ!!」


三成の内に僅かながら残っていた人たる為の甘く哀しいところが融けだし、紅い雫となってつうっと一筋、頬を伝い落ち、刑部の白い包帯に新たな色を散らした。




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東方の同タイトルの神曲より


最近、×より+が好き


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