デヒドロゲナーゼ




厳しい寒さに堪えかねて身をよじり目を抉じ開けると目の前は壁。ちょっと戸惑った後、徐々に足元の方に目線ずらすと玄関が映った。そうか、寒かったのは廊下で寝ていたからか。まだ眠気は残っていたが、こんなところで二度寝をする訳にもいかず、軋む身体をゆっくりと起こそうとするが、頭を持ち上げた瞬間に襲ってきた頭痛に思わずうずくまる。これはあれか。二日酔い。だから同窓会ってのは嫌なんだ。強くねぇっつってんのに、見た目のイメージだけで無駄に飲ませやがって。まあ、空気に流された俺も悪いんだが。こんなことがある度に、二度と飲み過ぎねぇって誓いはするが、今まで果たせた試しはないし、これからも無理だろう。だって人間だもの。てか昨日、どうやって帰ってきたんだ。



何にせよせめて冷たい床に転がってるこの状況だけはどうにかしたいのだが、一度沈んでしまえばもう一度起き上がるのは億劫で、僅かながら考えた末に、這うようにしてリビングまでたどり着き、何とか床よりは暖かいソファーによじ登る。そのまま暫く頭痛とだるさに堪えつつうだうだぐだぐだしていると、寒がりな同居人、まあ、つまりは佐助が腕を擦りながら起きてきた。寝呆け眼でふらふらとやってきたくせに、ソファーの上でぐだっている俺を目にするなり、明らかに分かる程に眉間に皺をよせた。

「…どうしたの。」

「いや、……昨日飲み過ぎて」

「あぁ、二日酔い?強くもないのに調子に乗るからだよ、馬鹿。」

心の内で密かにうなだれる。自覚はあっても、改めて人に言われるとそれなりにくるもので、それが自身にとって影響力の強い人間なら尚更。しかし、発した本人は俺の心情など気付いていないのか、それとも気に留めていないのか、さっさと立ち去り台所で朝食の準備に取り掛かっている。

「どう?朝食食べれそう?」

冷蔵庫を覗きこみ中を物色しながら問いかけてくる。

「…いらん。」

「ですよねー」

手にした卵二つのうち一つをパックに戻すと、代わりに野菜室から葱を取り出した。今日に限って、俺の好物であるねぎ入り玉子焼きとか当て付けかこの野郎。そして間もなくテーブルの上に一杯の水とできたてほかほかの朝食が並べられる。勿論、俺の指定席側に前者、その向かい側に後者だ。そういや水すら飲んでねぇやと思い立ち、のろのろと擦り寄り用意された水を飲み干す。一息つくと旨そうな料理達が改めて目につき、それらが放つ湯気と香りが、昨日の昼以降ほぼ何も固形物を口にしていない俺をあまりにも誘惑するものだから、佐助が目を離しているうちに、玉子焼きを一切れ拝借する。料理上手な彼が作った薄味のそれは俺の舌を十分に満足させてくれたが、やはり胃は受け付けてくれなかったようで、トイレに直行するはめになった。

「馬鹿。」

背中に突き刺さる呆れたようなため息と、二度目の二文字が痛かった。



結局、余計に体力や気力を持ってかれ、再びぐったりとリビングに戻ってくる頃にはそこに佐助の姿はなく、代わりにという訳ではないだろうが、ソファーの前に置かれている低めの机の上に水を注ぎなおされたコップと薬二錠。そして添えられた小さなメモには、"寝てろ酔っぱらい"。随分手厳しい。ぱっと浮かんだツンデレという言葉には気付かなかったことにした。それはさておき、メモにもある通り寝るに越したことはないので、薬を流し込むと、反発することもなくメモに従い寝室から持ってきた毛布をかぶってソファーに寝転がる。廊下で行き倒れるように寝落ちただけではろくに疲れも取れていなかったようで、すぐに眠気がやってくる。大分意識も薄れてきたところで玄関の扉が開く音がした。佐助が帰って来たんだろうなと思いはしたが、睡魔には勝てず出迎えどころかお帰りの言葉もそっちのけでそのままソファーに身体を預け続ける。目を瞑ったまま足音が近づいてくるのを聞いていたが、その足音はすぐそばまで来て止まった。

「ぐえっ」

突然腹の上に落ちてきた質量に無理やり現実に連れ戻される。寝てろって言った……言った?………書いたのお前じゃねえか。重い身体を起こし、腹に落とされたものを回収すると、佐助愛用のマイバック。そして中には五玉の柿。

「体重くて吐き気するんでしょ?悪阻と似たようなもんかと思ってさ。果物なら食べれるんじゃない?」

余程怪訝な顔をしていたのか、台所から包丁と皿を手にして戻ってきた佐助がにこやかに説明を入れる。が、それは絶対違う。

「グレープフルーツじゃないんだな」

それも違うだろ俺。



「いやー、柿が安かったからさ。本当に悪阻って訳でもないし何でもいいかなって。」

とても主婦っぽい理由だが、悪阻うんぬんなんてのよりよっぽど最もだ。なんてしょうもない会話をしながら、その原因である佐助は、ソファーの真ん中辺りに座っていた俺を押し退け、元々俺の頭があった辺りに腰を下ろし、柿をひったくる。さっそく剥いてくれるようだ。つやつやと光る橙の実にぷつりと刃が入り、すとん、すとん、と二度下ろされると、筋に沿った綺麗な四等分が出来上がる。そのうちの一つを手に取り、添えた白い指に合わせて実と皮の間に包丁が滑れば、すっかり熟したそれは果汁に濡れた姿を露にし、最初よりも更につややかな色となって俺の食欲を煽る。剥き終えられたひと欠片が皿に置かれる。爪楊枝も用意されていたが、行儀悪く手で掴み口に放り込む。柔らかく糖度の高い実は数度咀嚼を繰り返しただけで噛み砕かれるというよりは溶けるように小さくなり喉のほうへと消えた。

「うまい…。」

「良かった。」

そして手を休めることなく剥かれた次の欠片も、ついでに言うとその次の欠片も、何の断りもなく口に入れる。流石に最後の一欠片くらいは食うかなと思い、手を伸ばす前にちらっと視線をやると、食べていいよと仰ったので、有り難く四つ目も頂戴した。


「…どうした。」

食べている間は気付かなかったが、柿を剥いている佐助の顔がやたらにやけている。

「いや、何か……、さっきあんなこと言っちゃったせいだと思うんだけどさ…」

「何だ。」

「………孕ませた気分。」

むせた。


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後半のこじゅが二日酔い<風邪
二日酔い?風邪?
(._. )( ・_・)(・_・ )( ・_・)アレ?

デヒドロゲナーゼ= 柿に含まれる二日酔いに効く成分
タンニンの方が有名


↓その後


「……何でそうなんだよ」

「珍しく体調を崩した妊婦妻を甲斐甲斐しく世話する夫みたいな?」

「殴るぞ」

「それは殴る前に言う台詞だよ……痛い」


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