忘れじの




※卒業ネタ




寒さは大分和らいだ。それどころか草木は芽吹き、蕾から花へと移り変わる鮮やかな様はもうすっかり春の色を見せている。しかし、一見穏やかなそれも私にとっては忌むべき時の到来を知らせるものに他ならない。時というのは残酷なもので、どれだけ請い願おうと決して止まってはくれない。私は遂にこの学園に着てから七度目の春を迎えてしまった。


いくらその為の学習をしてきたとはいえ、何も好き好んで血生臭く厳しい世界に足を突っ込みたいとは思わない。出来ることならもっと、言うなれば永遠に、優しく暖かだった馴れ親しんだこの場所に居たい。無表情の私とて無感情な訳ではないのだ。


「長次」

聞き慣れた声と名に振り替えると、そこには級友、そして愛しい人でもある七松小平太が笑みを浮かべ立っていた。その顔が未来への希望といった明るいものだけでなく、寂しさや不安等といった決して前向きとは言えないものも含んでいるように見えたのは私の心持ちのせいなのだろうか。

きっと何も憚らず言葉を交わせるのもこれが最後になるのだろう。紡ぐ言葉を探すが、気のきいた台詞など何も思いつきはしない。六年かけて読んだ膨大な量の本で培った語彙もここぞというところで役立たずだ。そうやって黙ったまま悪戯に私達の間に残る穏やかな最後の時を費やす。


「ずっと一緒にいれたら良かったのに」

先に沈黙を破ったのはやはり小平太の方だ。いつだって与えられることばかりだった。不器用な私が踏み出せないでいると、その力強い手で救い出してくれるのだ。腕を強く引かれ抱きすくめられる。ほら、また。

「絶対忘れないから」

ありがとう、そう言って私も腕をまわす。けれども、私もだ、とは返せなかった。忘れないって言葉や、今まで貰った愛を疑う訳じゃない。ただ、絶対なんてない。そう思ってしまうだけで。忍の世界に、いや、忍に限った話ではなく、人の世界に絶対など有りはしない。この先、お互い別々の道で、忙しく血なまぐさい毎日に身を浸して生きてく内に、記憶も、思いも、今私を包むこの温かさも、次第に薄れてやがては思い出すことすら無くなるのだろう。それどころか、これから出会うであろう無数の人の中の誰かに、今私に絶対を誓ったその口で愛を囁くことすらあり得ないことではない。それが悪いこととは思わない。状況が変われば人も変わる。その時必要な人も変わるのは避けられないことだ。分かっている。分かっているのに、それがどうしても堪らない。こんな思いは女々しく、狂気じみているのだろうか。それでも私は今、小平太の腕の中にいられる今を永遠とも感じられるこの瞬間に、沈んでしまえたらいいのにと思わずにいられないのだ。

私の思いに呼応するかのように、強く吹き抜けた風に、まだ若い淡い桃色の花弁が散った。





忘れじのゆくすゑまではかたければ今日をかぎりのいのちともがな〈儀同三司母〉
(忘れまいという誓いが将来までは期待できないので、今日を限りとして死んでしまいたいものだ。)




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企画「文学少年」提出


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