曖昧キネマティクス



恋愛コンプレックスの続き










「なあ、ちょっと休憩しないか」

たったったったっ

「おい、聞いてるのか」

「…聞いてる。けど嫌。」

「なん…」

「だってさっきの休憩から3kmきてない」


中在家長次は正直ちょっと苛々していた。それは横でばてている彼氏、立花仙蔵のせいなのだが、こればかりはどうしようもない。頭だけが取り柄な華奢で虚弱体質であり、運動は部活どころか体育すら勘弁!な彼と、オリンピック出場をも期待される運動神経チートな幼なじみのストッパーとして逞しく育ってきた彼女とでは身体能力に差がありすぎる。そもそもこの二人が一緒に走ることに無理があるのだ。その為、一方の彼はちょっとと言わずへろへろだ。例え距離が短かろうと、休憩をやたらと挟んでいようと、彼女のスピードに付いていけているだけで褒められるべきなのだが、彼女はそんなことに気付くはずはないのである。しかし、見るからにしんどそうな彼を見て思うところがあったのか、幾分スピードは落としたようだ。それすら常人より大分速いことはもちろん彼女が知る由もないのである。





「問題出し合いながら走ろう」


そろそろ折り返すか、という頃、急に彼がそんなことを言い出した。彼女は、ああ、こいつ遂に壊れたか、と思った。しかし慎み深い彼女はそれを思うだけで口には出さなかった。のだが怪訝な顔としてばっちりと表れていた。もし彼が壊れたのだとしても、それは彼女が無理をさせたせいなのだが、やはり彼女は知ったこっちゃないのである。それはともかく、彼は壊れた訳でも狂った訳でもない。むしろ頭を働かせた結果の発言で、彼女の気を逸らせてできるだけスピードを緩めてもらおうという魂胆あってのもの。もしその発言意図までばれたら、馬鹿なこと言ってないで早く帰るぞ、と一蹴されてしまいそうなものだったが、彼女は彼女で、頭を使うのって確かエネルギーの消費率は良いんだったよな、悪くない提案かもしれない、等と考えており、とにもかくにも利害は一致。ということで、ランニングwith一問一答という効率が良いのか悪いのか分からないイベントが発生したのである。




「塩化水素の化学式は」

「HCl。…徒然草の作者は」

「兼好法師」


とまあこんな調子でスローペースのランニング、もといバラエティー的クイズ大会が始まったのだが、彼等は実はなかなかの高学歴カップル。この手の会話は性に合ったらしく、どんどんエスカレートし、


「…大塩門弟と称して越後柏崎の陣屋を襲撃した人物は」

「生田万」

「は本来誰の門弟」

「は、甘いな。平田篤胤だろう?」

「…正確」


エスカレートし、


「糖質コルチコイドが分泌される器官は」

「副腎皮質」

「ですが、その分泌を促すホルモンを放出しているのは」

「…っ…脳下垂体前葉…?」

「くっ…正確だ」


呪文のようなやり取りになっていた。にしてもこの二人容赦無い。理系の彼は理系の問題を、文系の彼女は文系の問題を、それぞれそれを専門としない相手にぶつけることに遠慮がない。まあ一番おかしいのはそれでもなお答えられることなのだが、それに突っ込みを入れられる人物は今回は不在である。

そんなこんなで予定のルートを走り終え、家に着く頃には二人とも、特に彼が息絶え絶え。喋りながら走るのって結構辛いよね。喉が。ダイエット&筋トレという本来の目的は何処へやらな結果になっていたが、二人はこんなに熱くなれる互いの存在が唯一無二であることを再確認出来たようでとても満足気なのでこれはこれで良かったようだ。



余談だが、その晩、運動慣れしておらず、食事中もばてており、ほぼ何も口に出来なかった彼と、運動慣れしており、風呂の後には既に復活していて、運動した後は食事が美味しいねと言える余裕があった彼女。言うまでもないことだと思うが、次の日の朝体重を測ると、同じだったそれは若干逆転しており、二人は悲鳴と共に、二度と二人でランニングはしないと誓った。




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体重は後日また同じに戻るので問題ない


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