中在家長次の諦念



※現パロ
 職業表現あり。
 長次目線




学年主任の甲高い声が頭に響く。
教師になってから、こんなに怒られるのは初めてだ。こいつによく叱られている新米教師の田中君はいつもこんな気持ちをなのだろうか。などと余計なことを考えていたら飛んでくる声が大きくなった。さらに怒りを募らせてしまったようだ。十分身にしみたから、もうこのくらいにしてくれないだろうか。こっちだってこんなつもりじゃなかったんだ。


事の発端は昨夜にさかのぼる。


午後7時ごろ。先週の中間テストの採点をの準備をしていた。俺の担当分の答案用紙全てが入った鞄を傍らにおき、赤ペンは予備も含めて三本も用意した。また、眠気覚ましに濃いめのブラックコーヒーも注いできて、よし始めるか、という時にケータイが鳴った。どうやらメールのようだ。開いてみると、差出人は小平太で“うちで酒を飲んでいる。来ないか?”という短く簡潔なものだった。いつもなら“すぐ行く”と返すところだが、生憎俺の前には答案用紙の束。酒好きの俺には魅力的な誘いだが、泣く泣く“すまない、今日は行けない”と返信した。


午後9時頃、採点状況は二クラス目の半ば。またメールが入った。コーヒー片手にケータイを見ると仙蔵からだった。またか、と若干うんざりしつつも内容をチェックする。“本当に来ないのか?日本酒もお前好みな辛めの名酒揃いだぞ?私の上司のコネで手に入れたから二度とお目にかかれないものもあるかもな”
…っ、流石仙蔵だ。
俺のツボも煽り方もよく心得ている。“コネで”の上に“脅して”という文字がぼやけて見える気がするが、気にしないことにした。少し心が揺らぐが、一時の快楽の為に仕事を放り出すほど責任感は死滅してはいない。これ以上邪魔されないように、しっかり理由の説明も込みで断った。もう誘いが来ないことを願って。なんたって彼らも社会人なのだから。


次にケータイが鳴ったのは、疲れが出始めた午後11時頃。メールでなく電話だった。気付けるようにと最大に設定した着信音のせいでびっくりして答案用紙のど真ん中にかなり大胆な赤ラインができてしまった。3ーDの藤村さんに心のなかで詫び、ケータイに目をやる。ウィンドウに映った名前は
“潮江 文次郎”
くどい。誰だ、あいつを常識人だとぬかしたのは。いい加減にしろ、何度断れば分かるんだ、と若干、いや大分イライラしながら電話にでた。すると、ガチャガチャだかギャーギャーだかの雑音が入った後、かなり慌てた声で「助けてくれ!」と叫ばれ、すぐに切れた。くだらないことならば、無視して着信拒否とも思ったが、あんなに切羽詰まった声で助けてくれ、などと叫ばれれば一応気になる。しかし、折り返しかけても一向にでない。放っておこうかとも思ったが、そのせいで死人が出たりしたら目覚めが悪い。あり得ないと思うかもしれないがあり得るのだ、あの面子は。
……仕方ない。と腹を括り、重い腰を上げ、様子だけは見に行くことにした。

愛車を走らせ小平太の家に向かう。
三回目の信号に引っ掛かったところで、部屋から高そうな酒を一本くすねることに決めた。



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続きます→『中在家長次の嘆嗟


諦念=道理を悟る心。また、諦めの気持ち。



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