過去とは違う幸せを



※転生
 仙蔵、伊作が♀
 死ネタ
 小平太目線
 『どうか幸せで』の続き






文次郎が死んだ。

私のもとにそう連絡が入ったのはわずか数十分前。急いで駆けつけた真っ白な病室には既にたくさんの人がいて、もちろん五百年前からの友人もいて、皆泣いてて、私の目からも無意識に涙がぼたぼたとこぼれた。潤む視界のなかでもやけにクリアに私の目に入ってくるのは白過ぎるベッドに横たわった文次郎と同じかそれ以上に青白い仙ちゃんだった。その頬が涙で濡れることは無く、代わりに薄い唇から一言擦れ出た。
「…文…次郎……」
と。

ぞくっ、と背中に嫌なものが走った。決して良くはない頭が回りだし、あの日の記憶が蘇る。何も変わっていない。私達の間には五百年というとてつもなく長い月日が流れたけど、仙ちゃんはあの頃と同じ青白い顔で無表情、涙を流すなんてこともなければ、あいつの名前以外に言葉を発することもない。さらには仙ちゃんと文次郎が恋人同士ということも変わらない。ならば、この後仙ちゃんが文次郎を追うのも変わらない?基本、状況や人の感情、場の空気なんていうものに疎い私にも分かる。
これはヤバい。
すがりつく気持ちで三人の顔を見る。長次もいさっくんも留三郎も私に比べたらだいぶ敏感だ。だから気づいているんだと思う。
私達に出来ることはきっと無いに等しいんだってことを。

その後数日の内に行われた通夜と葬式。人で溢れたその会場で家族席に座る仙ちゃんの喪服に包まれた肩が震えるところを見ることは出来なかった。

嫌な予感は相変わらず続いているが、それを止めることはおろか、仙ちゃんに会いに行くこともままなっていない。仕事というあの頃はなかった枷が焦る心を押さえる。しかし簡単に仙ちゃんの名前を出す訳にもいかない。仙ちゃんの話を持ち出したらあらぬ噂を立てられる(それで機嫌を悪くした彼女を宥めるには骨が折れる)し、かといって前世の話を持ち出しても信じてもらえないことは経験済み。どうしようかと上の空でやった仕事は些細な失敗が多過ぎて、今日も代わりの休日出勤、そしていつものように怒られていると騒がしい着信音が鳴り響いた。この音楽は長次だ。目の前の上司の目付きが気持ち鋭くなったが、幸いに、出ろと目線で促してくれたので急いで携帯を開いた。耳に近付けると小さいがよく通る声で、仙蔵が…と今一番気に掛かる名前が聞こえた。ナイス長次!長次からの連絡なら上司も同僚も彼女も変な疑いをせずに送り出してくれる。まあ、私本人より長次の方が信頼されているというのはちょっと悲しいことなのだが…。
それはともかく言い訳は出来た。
「先輩!仙ちゃんのとこ行ってきます。腹痛いんで早退ってことにしといて下さい!」
後ろから待てとかもっとましな嘘つけとか聞こえるけど、気にしてはいられなかった。

車を取りに行くのも煩わしくて、いけどん精神で仙ちゃんの家まで走る。あの寡黙な長次からの急な電話ということで、一瞬最悪な結果が頭をよぎったが、すごいスピードで移り変わる景色と強く顔を打ち付ける風とが焦る私の頭を冷ましてくれた。あ、場所を聞いてない。まあいいや、いけいけどんどーん!

着いたのは潮江という表札のかかるマンションのドアの前。中から賑やかな声が聞こえる。ということは、ここで正確ということだ。
「おじゃまします!」
長年にわたって躾けられた挨拶だけはきっちりとし、脱ぎ散らかした靴はそのままでどかどかと部屋に入る。
「…遅かったな」
「よう、久しぶり」
「相変わらずだねぇ」
「なんなんだ、みんなしてぞろぞろと」
そこで待っていたのは、見た目ヤクザな我らの母と、ロリコン野郎、その妻いさっくん、そして今やこの家の家主となってしまった仙ちゃんだった。つまりギンギン野郎を除いた全員。もう六人が揃うことはないんだなと思ったら、ちょっとだけ鼻の奥がツンとなったのは言わないでおく。
「おい、私の話を聞け」
「仙蔵、そんなに怖い顔しないでよ。僕が呼び出したんだ」
「また、わざわざ…」
「重大発表だから。一回しか言わないからよく聞いてよ」
いさっくん以外の全員が顔を見合せる。いさっくんはおもむろに仙ちゃんの傍に近づくと、神妙な顔をして、

「彼女、立花仙蔵、改め潮江仙蔵は母になります。」

と言った。
いや、言いやがった。


静まりかえる室内。
誰も言葉を発せない。
そんな中一番に声を漏らしたのは仙ちゃん本人。

「は?」

…いやいやいや、何で本人が知らないんだよ!
我々男組の意見が一致した珍しい例だと思う。まあ、誰一人として口にだしてはいないが。っていうか出せるわけないが。

沈黙が続く。
止めろ、私こういうの苦手なんだ。
こんな時こそ暴君発動。
「それはともか「……れ」」
「ん?」
私の精一杯の空気クラッシュの術は仙ちゃんの微かな声で引っ込んだ。
「帰れ」
今度ははっきり聞こえた仙ちゃんの最もな主張。
「帰れ、出てけ」
それにあらがえなかった私達は簡単に押し出され、潮江家のマンションの前で立ち尽くすはめになった。

「あらら、怒らせちゃったかな」
あらら、じゃない。
とりあえず言いたいことも聞きたいこともたくさんだ。
もちろんいさっくんに。
「おい、伊作!どういうことだ!」
「これ私ら必要無かった!」
「……どちらかと言わなくても女性二人で落ち着いてするべき話だと思うんだが…」
ほんとその通りだ。
あの場合仮に私達が沈黙を崩せても余計に厄介なことになるのは目に見える。
しかし、女の子のやることだ。
何か深い意味があっ「二人きりとか無理。」
………
「「「…は?」」」
「いや、だからあの重い沈黙のなか二人きりとかやだ。てか無理。」
「…で、つまり俺らを呼んだのは…」
「気まずさも四人で背負えば怖くないかな、と」
おーう、まさかのカミングアウト。
頭痛い。
留三郎も頭押さえてる。
あ、ヤバい。
長次が笑いだした。
てか、仙ちゃん大丈夫か?朝のニュースで旧友を見るとかもう嫌なんだけど。
「まあ、でも結果オーライじゃん」
どうしたらそうなるんだ。なんにもオーライなとこなかったわ。
「え、気づいてなかったの?顔伏せてたから分かりにくかったけど、仙蔵…」

泣いてたじゃん。


数ヶ月後、私達はまた病院に集まることになった。ベッドにいるのはいつも通り真っ白な顔をした仙ちゃん。そして、小さくてふにふにした可愛らしい赤ん坊だった。
「結局仙蔵を救えるのはあのギンギン野郎だけだったってことか」と留三郎が悪態をついた。
腹立たしいがつまりはそういうことだった。

仙ちゃんは生きることを、文次郎が残した小さい命を守ることを選んだ。いさっくんから突然(過ぎる)妊娠を告げられた仙ちゃんは、その次の日に私達に「腹は括った。もう大丈夫だ、心配はいらん」とたったそれだけ告げ、本当になんにも心配いらない程しっかりとした足取りでか弱い命と共に歩み出した。いつだかいさっくんが言っていた「母は強しって言うでしょ」というのは本当だったらしい。相変わらず泣くどころか泣き言さえ漏らさないけど、その表情には以前と違い、脆さなど欠片も見えなかった。

「私はこいつに救われたんだ。だからこれからは私が守っていく番だな」
そういってふっと微笑んだ彼女は完璧に母の顔で、とても頼もしかった。

そういうことで、やっぱり女の子は強いな、と思いました。
あれ?作文?




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