ストックのお見舞い
白い天井が見える。見たことがあると思ったら当たり前だった。周りを確認しようとベッドに横たわったまま顔を横に動かせば、白うさぎくんが最後に見たときと同じように座っている。
やっぱり、間違いなく私の部屋だ。でも、いつベッドに入ったのか思い出せない。それに体が重くて頭がしっかりと働かないような変な感じがする。
「……起きたの?」
遠慮がちにドアを開けて入ってきたのはお母さんだった。お母さんは私が質問するよりも先にベッドの横に来た。そして私の前髪をかき上げて、おでこに手のひらを乗せてきた。
「気持ちいい……」
ひんやりとしたお母さんの手はすごく気持ちいい。
「まだ熱が下がらないわね」
心配そうなお母さんは私が聞きたいことが分かっているのか、布団を私の首が隠れるように引き上げながら話してくれた。
「郁弥くんにちゃんとお礼言うのよ? 熱出して倒れた貴女を部屋まで運んでくれたんだから……」
「いっくんが……?」
「すごく心配してたわよ。郁弥くん、必死だったんじゃないかしら」
その言葉に、少しずつ思い出してきた。そうだ、駅でなっちゃんから逃げたあと、息の上がって苦しんでいた私にいっくんが傘を差してくれたんだ。あんなに私はいっくんを避けていたのに……それなのに、いっくんは私をここまで必死に運んでくれたんだ。
「もう少し寝ててね。そうしたら、お粥持ってくるから」
「……ありがと」
お母さんは何か言いたげに微笑んで部屋を出ていった。
瞼を閉じる。本当はなっちゃんが来てくれた理由は、ちゃんと分かっていた。私が濡れないようにわざわざ学校まで迎えに来てくれたなっちゃん。倒れた私を心配して必死に運んでくれたいっくん。
二人とも私に優しくしてくれるところは子どものころと何も変わってないのかもしれない。じゃあなんで?なんで、二人は私には秘密の話ばかりするようになったの?
熱のせいか感傷的になって胸が寂しさでいっぱいになる。涙が頬を伝うのを感じても、体が重くて拭うことはできなかった。
***
「透……」
また冷たい手がおでこに触れた。お母さんと同じで、その手はひんやりとしている。すごく気持ちいいけどお母さんじゃないことはすぐに分かった。
重い瞼をなんとか持ち上げれば、ベッドの隣にいたのはやっぱり、いっくんだった。心配そうな顔が、どうしてか悲しそうな顔に見えて私は手を伸ばした。
「……いっくん、どうしたの? どこか痛いの?」
驚いたいっくんの目が大きく開く。そしてすぐ元の顔に戻った。
「どうかしてるのは透でしょ。いきなり倒れて……」
言いにくそうにいっくんは顔を背けた。そして顔を背けたまま、いっくんは少し頬を赤くした。
「運んでくれてありがとう。……置いていっても良かったのに」
いっくんとなっちゃんが似ていると思うところは、その長いまつ毛に縁どられた目と、その目がとても感情豊かなところだ。今、その目は長いまつ毛の奥で怒っているのが分かる。
「置いていくわけないでしょ。分かってる言ってるの?」
「……そういえば、いっくんは昔から私を置いてったりしなかったね」
ぼうっとする頭で、それなのにどうして私を仲間外れにするようになったんだろう、と考えても答えは出なかった。それより当時の寂しかった気持ちを思い出してしまって涙が溢れてきた。
「透? どこか痛むの?」
私の涙を優しく拭ってくれるいっくんのハンカチの匂い。懐かしい匂いがさらに寂しさをくすぐった。
「ちょっと待ってて。おばさん呼んでくるから」
「待って。……いかないで、いっくん」
関節の鈍い痛みを感じながら腕を動かせば、いっくんの体になんとか間に合った。
「ごめん。うつっちゃうかもしれないから、本当は一緒にいちゃいけないの分かってるけど……」
そっと服の裾を掴む私の手をほどいて、いっくんはベッド脇にある椅子にもう一度座った。
「……いいよ。寂しんでしょ?」
ほどいた手を今度はいっくんから包むように握ってくれる。すごく優しく微笑んでくれるいっくんに安心して私はそのまま目を閉じた。
繋がった手から伝わる温もりがとても心地いい。少し力を入れてみると、すぐにいっくんは握り返してくれた。小さいころも手を繋いで、私がぎゅっと握るといっくんは握り返してくれた。それはなっちゃんも同じだったけど、なっちゃんは負けじと強い力で握り返すから私はいっくんと手を繋ぐほうがよかった。
そんなことを瞼の裏で思い出していると、どんどんと眠気がやってきた。
「……透の風邪ならもらってあげてもいいよ」
眠りに落ちる寸前にいっくんの声が聞こえたけど、返事をすることも何を言われたのかも理解できなかった。
ストック(黄)
〜さびしい恋〜