スイートピーの温もり

 自分の部屋の机に参考書を広げて、どのくらい時間がたっただろう。勉強をするつもりで机に向かったのに、持ったままのペンは進まない。
 なっちゃんといっくんに会った日から物思いにふけることが多くなった。そんなことばかりのせいで勉強も手につかなくなってきている。このもやもやとした気持ちが嫌でたまらないのに、どうにもできなくて逃げ場を求めるようにベッドに倒れこんだ。

「……はあ」

 近くにあった白うさぎのぬいぐるみを抱えて、私たち三人の関係はどういったものだったのか考える。

 小さいころはバカな約束をしてしまうくらい仲が良かった。二つ年上で私たち三人の中で一番お兄さんだったなっちゃん。普段は、なっちゃんの後ろに隠れるように大人しくしているいっくん。そんないっくんの手を引いて遊びに連れだしていた私。一緒に遊ぶのが当たり前だったから引っ込み思案ないっくんも私には普通に接してくれていた。

「そういえば、いつもなっちゃんが遊ぼうって言ってくれてた……」

 子供のころ家のドアを開けると、夏のお日様みたいにキラキラした笑顔のなっちゃんとその後ろに恥ずかしそうに隠れているいっくんがいるのが当たり前だった。

 抱きしめている白うさぎのぬいぐるみに顔を埋める。なっちゃんやいっくんよりも長く一緒にいる白うさぎくん。

「……いい匂い」

洗いたてのいい香りがする。お母さんが洗濯してくれたんだ。そのまま深呼吸をすれば、いい香りで体の中いっぱいになった。落ち着く匂いに満たされてリラックスしたのか、気づけばそのまま眠りに落ちていた。

***

「……透」

「なあに、いっくん」

 幼いころのいっくんが、私を呼んでいる。庭にある木の下で小さなレジャーシートを敷いて、私は一人でおままごとをしていた。

「……あのね」

「うん」

恥ずかしそうに、もじもじしているいっくんが何を言おうとしているのか分からない。風に揺れる木の葉の音の中でいっくんは顔を真っ赤にして初めて言ってくれた。

「い、一緒に……あそぼっ!!」

 いつも一緒にいるなっちゃんはいない。一人で遊びに誘いに来てくれた、いっくん。それがすごくすごく嬉しくて私はとても喜んだ。

「うん!! いっくん、あそぼっ!」

返事を聞いたいっくんは私と同じように喜んで笑ってくれた。私はいっくんの手を引いて嬉しさのまま、その場で踊るようにクルクルと回った。

「透、あんまり回らないで!」

「えへへ! だって嬉しいんだもーん!」

二人で回っているうちに、目が回って私たちは手を繋いだまま転んだ。

「ぷっ、あはは!」

「あはは!」

少しは痛かったと思う。だけど、それよりも何かおかしくて私といっくんは転んだまま笑っていた。そのまま笑っていると、なっちゃんが来た。

「なにしてるの?」

 日の光を背景に私たちを覗き込むなっちゃんを、いっくんと見上げる。

「ナイショ! ね、いっくん!」

隣で倒れているいっくんに笑いかけると同じように笑って頷いてくれた。

「うん! 兄ちゃんにもナイショ!」

顔を見合わせて笑う私たちに、なっちゃんは拗ねたように、ぷぅっと頬を膨らませた。

「なんだよ! おしえろー!」

「あ、なっちゃんが怒った!」

「透、逃げよう!」

いっくんに差し出された手を取って私は走り出す。そのすぐ後ろを追いかけてくるなっちゃんはいつの間にか笑っていた。

***

「ん……?」

 目覚まし時計が鳴らす秒針の音がはっきりと聞こえる。白うさぎくんを抱いたままベッドから体を起こす。

「いっくん……なっちゃん……」

 先ほどまで見ていた夢は、すごく懐かしくて優しい気持ちにさせてくれる思い出の一部。幼い私の大切な思い出に必ず二人はいる。ずっと一緒。そう約束したはずなのにどうして私となっちゃん達はこんな風になってしまったんだろう。

「……ほんと、なんでだろ」

ため息を吐いて、またベッドに倒れこむ。そのまま壁時計を見ればもう11時を過ぎていた。

「お風呂っ!」

 遅い時間に驚いて飛び起きた。そして慌てて用意をした私はそれ以上なっちゃんといっくんのことを考えないようにお風呂へ逃げた。

スイートピー
 〜優しい思い出〜

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