赤い八重ナデシコの告白

 生まれて初めて告白された。あれからどうやって自分の部屋に戻ってきたのか覚えてない。ただ、あのときのいっくんの顔ばかり思い出しては顔が熱くなった。

 自分の部屋から窓を見る。日はとっくに沈んでいて暗い。

「気分転換しなきゃ……」

ぽつりと口から出た言葉に自分で頷く。そうしようと思った私は散歩に出ることにした。

***

 外に出たはいいけれど、目的地がない。とりあえず、桐嶋家とは逆の方向へ歩く。とぼとぼと歩いてしばらくすると少し前の街灯のあたりに人影が見えた。顔が見えなくても、はっきりとしない後姿でも誰だか分かってしまう。

「なっちゃん……」

 距離的に届くはずのない小さな私の声。それなのに、なっちゃんは聞こえたかのように振り返った。

「……透」

私と同じように驚いているなっちゃんは、その場で足を止めた。どうしていいのか分からない。今はあの場にいたなっちゃんとも気まずくて、私は来た道を引き返すことにした。なっちゃんに背を向けて少し早く歩く。すると、後ろから追いかけてくる足音が迫ってきた。

「待て! 行くな!」

捕まれた腕を引かれて、なっちゃんによって強制的に振り返る。街灯に照らされたなっちゃんの顔は酷く苦しそうで、私までツラくなった。

「……少しでいいから、話したい」

「うん……」

 今にも泣きだしてしまいそうな顔のなっちゃんをほうっておけなくて、私は手を引かれるまま、なっちゃんと近くの公園に入った。

***

 昼間、子どもたちでにぎわっている公園には私たちの他に誰もいない。

「……懐かしいね」

子どものころ、いつも三人で来ていた公園。あの約束もここでした。

「ああ……」

こんなに元気のないなっちゃんを見るのは初めてで、私は自分に何かできないか考えた。

「なっちゃん!」

 わざと明るく大きな声を出した私に、なっちゃんは驚いて下を向いていた顔を上げた。

「遊ぼう!」

にっこり笑って手を引く。子どものころ、いつも遊びに誘ってくれたのはなっちゃんだった。あの頃は私から遊びに誘うことなんてなかったけど、今日は私から誘ってみよう。小さなころのなっちゃんと同じように少し強引に。

「ちょ、ちょっと待てって!」

手を引かれて前のめりになるなっちゃんに構わず、私は砂場に向かって引っ張る。

「お、おい! 透!」

「ほら、なっちゃん!」

手を繋いだまま、その場でぐるぐる回る。子どものころの私は、しょっちゅうこんなことをして目を回して笑っていた。いっくんとも、もちろんなっちゃんとも。
 しばらくそのまま回っていると当たり前に目を回して、私たちはバランスを崩した。正確には、座り込んだ私をなっちゃんがよろめきながら見下ろしている。

「あははは!」

笑う私をポカンとした表情で見下ろすなっちゃん。

「く……! ははは!!」

手の甲で口元を隠しながら笑うなっちゃんの顔は、こんなに暗い夜でも夏の太陽みたいにキラキラしている。

「まったく、お前は……!」

笑うなっちゃんの顔が嬉しくて私も笑う。立ち上がって、もう一度なっちゃんの手を取る。

「ほら、なっちゃんもう一回!」

「いーや、次は鬼ごっこな!」

「えー、それ私勝てないもん……」

「お前、やる前から勝てないなんて諦めるなよ。先に鬼やってやるから」

「もー……」

 鬼ごっこって言いだしたのはなっちゃんなのにと思いながら、私は走り出した。
 結果は分かりきっていた通り。私は始まってすぐに捕まって、そのままずっと鬼になりっぱなしだった。汗だくで息も上がってもう走れない。

「な、なっちゃん……! も、も、無理、走れないよ……」

ペタンとその場に座れば、呆れ顔のなっちゃんがこちらに寄ってきた。

「透、本当に体力ねーな」

ぜえぜえと肩で息をしている私を見ても、なっちゃんはまだ鬼ごっこを続ける気らしい。

「んじゃ、俺を捕まえられたら次は透のしたいことでいいぞ」

それならと思って、私は無言で手招きした。

「どうした?」

首を傾げながら近寄ってきたなっちゃんは完全に油断している。これなら上手くいく。
視線を近づけるために膝に手をついたなっちゃんに私は抱き着いた。

「やった! 捕まえた!!」

あははと笑う私に、なっちゃんは固まっている。

「なっちゃん……?」

 驚いて固まっているのかと思ったけれど、なっちゃんは私に抱き着かれたまま動かない。不思議に思って体を離した瞬間、今度はなっちゃんから抱きしめられた。

「なっ……ちゃん?」

ぎゅっと抱きしめてくる力は強くて逃げ出せそうにない。

「ごめん……」

「え?」

「俺、焦ってたんだ……」

 唐突に始まった話がなんのことなのか分からない。だけど、弱弱しいなっちゃんの声を聞いていると黙っていることしかできない。

「透と俺の距離は変わらないのに、透と郁弥の距離ばっかり近くなってる気がして……」

苦しそうに掠れる声はとても切なくて、私が苦しいのは強い力で抱きしめられているだけではないのが分かる。

「……透」

 私となっちゃんの体が離れる。見つめてくるなっちゃんの長いまつ毛に縁どられた目。普段もいっくんとよく似ていると思うけれど、今見えるその目はあのときのいっくんと同じだった。

「俺は、透が好きだ……」

「あ……」

「子どものころから、ずっと好きだった。……郁弥にも譲れないし、譲らない」

離れていたお互いの距離がまた縮まる。

「透……」

熱く揺れているなっちゃんの目から逃げられない。金縛りになったように体が動かない。ゆっくりと顔が近づいてきて、なっちゃんの唇が触れた。

「俺を選べよ。……郁弥じゃなくて」

 初めてのキス。その相手は、なっちゃんだった。

八重ナデシコ(赤)
 〜純粋で燃えるような愛〜

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