俺の個性ではどうにもならなかった仮想
本当にヒーローになりたいのであれば、なりふり構わずに次を考えなくてはならない。併願していた普通科に入ることができた俺は、そこからヒーロー科への編入を考えている。
落ち込んでいる暇なんかない。そう思っていた。が、正直ここまでそんな暇がないとは思っていなかった。
「納得がいかない!」
むすっとした顔で俺の隣の席に座ったのは、その席の主。そして、俺に落ち込む暇さえ与えない元凶ともいえる。
「心操くんはどう思う?」
「まずは何があったかを話そうか、伸子」
頬を膨らませている様子は可愛らしく見えないこともない。きっと、ずっと黙っていれば彼氏くらい簡単にできるんじゃないかと俺でも思うくらいには可愛らしい彼女は、残念ながら黙ることをまだ覚えていない。
「さっきさー、他のクラスの子たちと、もし動物に生まれ変わったらって話してたんだ」
「またどうでもいい話をしてたんだね」
そうそう、と頷いてるあたり、俺にバカにされてることは気づいてないみたいだ。それか本気でどうでもいい話だと思っているのかもしれない。
「んでさ、犬とか猫とかいうのはいいんだ。私も飼われてダラダラしたいから」
「伸子が飼ってもらえる可能性があるとは限らないよ」
「ほら、私はいざとなったら心操くんに拾ってもらうから大丈夫!」
一体何が大丈夫なんだと、少し頭が痛くなってきたような気がする。ニコニコ笑っている伸子は多分何も考えていないのは、もう分かり切っていたから気にしない。
「……それで?」
正直あんまり聞きたくはないけど、聞かないといつまでも横で話しかけてくるから仕方ない。無駄な時間は一秒でも短く終わらせたい。
「それで、話がなりたい動物からなりたくない動物に話が変わったんだ」
まあ、ありがちといえばありがちな話だ。へぇ、と適当に相槌を打ちながら俺は次の授業のことを考え始めた。
「みんな爬虫類とか両生類にはなりたくないって、あと深海魚とか」
「深海魚……」
「あれ、美味しいのにね。アンコウとか」
「……深海魚になったら伸子は食べられる側だよ」
しばらく黙ったかと思えば立ち上がった伸子は頭を抱えて、そうだった!!と叫んでいる。今ここで指摘されるまで気づかないなんて、さすがだよ。
「ああ、食べられるの嫌だァ……。肝まで食べるとか人間は妖怪か!」
「その妖怪の伸子さん、話が足踏みしてて進んでないよ」
「誰が妖怪だ! 物の例えでしょうが!!」
「ああ、そう……」
彼女の席とは逆に見てみれば、気持ちよさそうな春の日差しが差し込む窓が見える。俺もできれば窓際の席がよかった。きっとここよりも静かだろうし、考え事もはかどりそうだ。
「しんそーくん! ちゃんとこっち見てよ!」
やれやれと伸子の方へ振り返ったら、物凄く近い距離に無駄に可愛らしい顔があった。
「ち、近い!」
「いたっ!」
動揺のあまり、勝手に手が動いて彼女の頭をはたいてしまった。でも、これは絶対に伸子が悪い。
「そんなに驚くことないじゃん」
「前にも言ったけど、なんでそんなにパーソナルスペース狭いの」
まったく忌々しいと思うのを隠さずにため息を吐く。そんなことは微塵も気にしていない彼女は、ごめんごめんと軽く謝ってきた。
「今日、コンタクト忘れちゃってほとんど見えてないんだよね」
「普通見えないなら忘れないし、眼鏡は?」
「眼鏡? 洗面所に置いてきたけど?」
それが何か?とでも言いたげな伸子にもう言うことなんかない。聞いた俺がバカだった。
「まあ、眼鏡は置いといてだよ、心操くん。なりたくない動物の話」
「まだするの? それ」
なりたくないと言ったって、希望が通るわけでもない、本当に中身のない話はどうやらまだ続くらしい。
「だって、途中だと気になるでしょ?」
「全然、興味がないからならないよ」
「ええっ!?」
驚いて固まってるけど、本当に興味はない。それより、今日の最初の授業の方が気になる。
「……途中だと気になるでしょ?」
真顔で同じことを聞いてくることに、少しイラっとする。なんだその死んだ魚みたいな目は。
「いいえ」
気にならないと答えてるのに、相手の精神は鋼で出来ていたのか、まったく同じ質問をまた繰り返してきた。
「……途中だと気になるでしょ?」
「伸子は、"はい"を選ばないと永遠に進まないRPGの村人なの?」
大分呆れながらも、仕方なく"はい"と望む答えをくれてやる。俺はいい加減、伸子から解放されたい。
「やっぱりねー、話の途中で終わると気持ち悪いよね」
「いいから早く話して」
もちろん、話の先が気になるからそう言ったわけじゃない。どうせくだらない話であることは分かり切ってるから、さっさと彼女の気をすませてしまいたいだけだ。
「ププ、心操くんもなんだかんだ気になってるんじゃん!」
先ほどよりもイラっとした目を向けても、伸子は楽しそうににこにことしていて、イライラしている俺の方が間抜けに思えてくるのが納得できない。はぁ、とため息をついて哀れな彼女を見る。
「私はさ、絶対に日本のパンダにだけはなりたくないんだ」
「……パンダ?」
ああいった一般的に人気のありそうなものは好きだと思っていただけに、パンダになりたくないというのは意外だった。
「ああ、人気者になれない僻み?」
「心操くんって私にどんなイメージ持ってんの? ぶつよ?」
話に付き合ってやったのに殴られるだなんて理不尽すぎる。
「最初の頃は見た目が可愛くてモテそうなイメージだったけど、今はただのバカかな」
「うわ、可愛いとか、心操くんでも女の子の喜ぶ言葉知ってるんだね!」
照れる、と頭を掻いている彼女に今度は俺の方が疑問に思う。
「伸子こそ、俺にどんなイメージ持ってるの? 場合によってはもうノートは見せてやらない」
即座に申し訳ございません!と拝むようにして謝ってきた伸子にプライドというものはないらしい。これ、やられる方も恥ずかしいからやめろ。
「もういいから、話進めて」
「あ、そうだった。あー……でも、心操くん気を悪くするかも」
視線を逸らす様子は本当に申し訳なさそうで、一体何を気にしているのか、ほんの少しだけ気になる。
「なんで、俺が気にすると思うの?」
「だって、パンダも目の周り黒いじゃん。心操くんと同じで」
気づいたときには俺の手は伸子の頭を鷲掴みしていた。
「い、いだだだだだだ!! 心操くん痛いって!!」
「あ、ごめん。つい、手が勝手に」
「ええ? 無意識に他人に暴力とか相当ヤバいよ? 大丈夫?」
俺を見てくる彼女の目は本気で心配している。バカだから嘘を吐く知能がない分、腹立たしさも一層強くなった。
「無意識にバカな発言を繰り返すのも相当ヤバいから、法で裁かれればいいのに……」
世の中には儘ならないことが多いなと、また窓の方を見てため息を吐く。
「何悩んでんのか分かんないけど、あんま考えすぎない方がいいよ」
「……もうパンダの話はいいの?」
「心操くんが気を悪くしないなら話したい!」
それは聞いてからじゃないと分かるわけがない。はぁ、とため息を吐いても抜けないだるさを感じながら彼女を見た。
「聞くだけ聞くよ」
そう答えてやれば、伸子は嬉しそうな顔をして頷いた。それがまるで小さな子どものようで、微笑ましく思えてしまったのは可愛らしい容姿のせいだろうか。
「パンダに生まれ変わったら、テレパシー?とかないと思うんだよね」
「そのパンダに個性がなければテレパシーはないね」
あれ?と首を傾げている彼女の言いたいことに見当はついてる。やれやれと思いながら俺は訂正することにした。
「もしかして、プライバシーって言いたい?」
「ああ、それだ! シンパシー」
「同情って意味のシンパシーなら、俺がいつも伸子にしてるやつだよ」
「え? 私、別に可哀そうじゃないから同情しなくて大丈夫だよ! 心操くん優しいね!」
褒められてしまったが、自分をより一層可哀そうに思われる発言をしてしまった事には気づいていない伸子には本当に同情している。次に生まれ変わるなら、もっと賢そうな生き物に生まれてくれば、きっと幸せになれると思う。日本のパンダとか。
「でさ、パンダになったら何でもかんでもニュースになるでしょ? 絶対にイヤじゃない?」
「目立ちたくないって意味だったらそうだね」
違う違うと首を振った彼女は、俺を哀れそうな目で見てくる。そんな目を向けられる発言はしていないし、どうせならその目で鏡に映った自分でも見ていればいいと思った。
「目立つ目立たないの問題じゃないよ。だって、パンダになったらさ、エッチしたの全国ニュースで流されるんだよ? しかも盗撮みたいな映像まで流されて……。なのに、みんな分かってくれなくてさ」
思い出したのか、また怒りだした伸子に我に返る。とんでもなくバカな話を聞かされてしまったものだ。
「それだけじゃなくて、アンタそんなこと考えてパンダ見てたの?って、女の子たちにドン引きされたんだよ」
「女子だけじゃなくて俺もドン引きしてるよ」
「なんでよ!」
何でもだってもない。パンダを見てなぜ、そう下の方へ思考が行くんだ。"心操くんなら分かってくれると思ったのに"と溢す彼女を見ながら、ため息をこぼす。まだ、一つも授業が始まっていない朝だというのに、こうやってため息を吐くのは何回目かも分からない。
「心操くん、ため息ばっかだと幸せ逃げちゃうよ」
「お気遣いドーモ……」
こんな伸子が隣の席だから、俺は落ち込むことができない。そして、考える時間も満足に取れないんだと、最近ようやく諦めがついた。
「あ、心操くん。次の授業の宿題、分かんなかったから教えて」
「いいけど……」
開いて見せてきたノートには、大体間違っている答えしか書かれていない。でも、これは彼女が努力した証。どうせできないとか、上手くできっこないと諦めたりしないところを実は認めているだなんて絶対に言わないけれど、そういうところがあるから嫌いになれないのも事実だ。
それからもう一つ。俺の個性を知っても、まったく怖がらずに話しかけてきてくれたことが、どうやら思った以上に嬉しくて、心のどこかで友達だと思うようになってしまったのも、伸子の面倒を見てしまう理由の一つかもしれない。