162021/01/01〜
元旦の夜。彼らの待ち合わせは神社の前だった。参道を照らす提灯の灯りをぼんやりと見上げている彼の横顔に、足を止める女性がちらほらといる。
彼女たちは揃って顔を赤らめ、誰が話しかけに行くかと押し合っていた。
「あの」
声をかけられた彼は、視線を提灯から目を話す。紅白の髪をさらりと揺らしながら振り返った轟は、声をかけてきた女性が話し出すのを待った。
「お一人なら、一緒にどうですか?」
「人を待っているので」
はっきりと断ったというのに、女性は食い下がる。
「待ってるのってお友だちですか? 私も友達と来てるんで一緒にお参りしましょうよ」
隠すことなく向けられる女性からの媚びた目。興味がまったくないせいか、不快とも何とも思わなかった彼は、真面目に女性の話を聞いていた。
「いや―――」
「―――ごめんなさい。お待たせしました」
もう一度断ろうとした彼の言葉を遮った鈴のような声。ずっとその声の主を待っていた轟は、彼女の姿を見つけると大きく目を見開いた。
初めて見る彼女の華やかな装い。ドキドキとしている心臓の音を聞きながら轟は柔らかに目を細めた。
「着物にしたんだな」
「うん。あの、変じゃない……?」
彼の目にどのように映るのか。ドキドキしているのは轟だけでなく、彼女も同じだった。
俯く彼女の青みがかった白髪は普段と違い、丁寧にまとめられている。その為、いつもは隠れてしまう赤い顔も、轟からよく見えた。
「よく似合ってる」
優しい声に顔を上げれば、声と同じ柔らかな表情をした彼に見つめられた彼女は、面映ゆそうに微笑む。そして思い出したように、小さく息を吸い込むと丁寧に頭を下げた。
「あけましておめでとうございます。本年も相変わりませず、よろしくお願いします」
「おめでとう。こちらこそ、よろしくな」
年明け最初の電話でも新年の挨拶はしたというのに、直接でも挨拶をしてくる律儀なところが彼女らしいと、彼の目は更に優しさを帯びた。
そのまま、ほのぼのとお互いの顔を見つめ合っていた二人だが、ふと、自分たちを見ている女性に気づいた彼女は首を傾げた。
「焦凍くん、こちらの方は?」
「ああ」
忘れていたとばかりに、女性に向き直った轟は先ほどまでの柔らかな雰囲気ではなく、淡々とした様子に戻っていた。
「彼女と二人きりがいいので、失礼します」
行くぞ、とさりげなく彼女の手を取った彼が歩き出す。その後ろを状況がよく分かっていない彼女は一度だけ女性へと振り返り会釈をすると、そのまま素直について行った。
二人の後ろ姿を見送りながら、女性はため息を吐いて頭を掻く。彼女がいたことは面白くないが、思わず同性である自分も見とれてしまうほど綺麗な彼女と、あんなにもベタ惚れな様子を見せつけられてしまえば、轟のことなどどうでもよくなってしまっていた。
「バッカみたい。他の男さがそ〜」
元旦の神社に何をしに来たのか、と呆れられそうな一言を残し、女性もまた参拝客の中に紛れていった。
***
カランカランと響く鈴の
神様への願い事を済ませると、二人はおみくじを引くことにした。ワクワクしながら、みくじ筒を振る彼女の様子に彼も似たような気持ちになっていく。
「十六番! はい、焦凍くん」
「ああ」
みくじ筒を受け取ったとき、お互いの指先が触れ合った。ドキリとしたのは自分だけかと思えば、彼女も同じように顔を赤らめている。無意識な小さな声で彼女の名前を口にすれば、ゆっくりとした動きで彼女の目が轟を見つめた。
上目がちに見つめてくる彼女の手は、少しひんやりとしている。それを彼の手が包んで温めた。
「手、冷えちまってるな。寒かったか?」
「ううん、大丈夫。それに焦凍くんと一緒なら寒いのも好きだよ」
微笑む彼女の目元が赤らんでいる。どうして、こんなにも彼女に惹かれていくのか。その理由は今も分からない。しかし、素直に気持ちを伝えてくれることころは、間違いなく轟が思う彼女の好きなところの一つだ。
「俺も、お前と一緒なら
自分が先に同じことを言ったというのに、彼女はみるみる真っ赤になって恥ずかしそうに俯いた。
「照れてんのか?」
「……焦凍くんがそういうこと平気で言うから」
耳まで赤くした彼女の頬を撫でる。高校で再会したときには冷たく感じられた目は、どこまでも優しく温かい色をしていた。
「いいな」
「え?」
何が?と目を瞬かせる彼女の頬を何度も撫でながら、轟も素直に口を動かす。
「お前を照れさせてんのが俺なのが、いいと思ってよ」
ぐわっとさらに顔を赤くした彼女は、彼の持つみくじ筒を押しやる。
「も、もう! 早く引こうよ!」
決して空いているわけではない、おみくじを待つ列。しかし、元旦という特別な日だからなのか、それともこの初々しい二人の空気のせいなのか、順番を待つ人たちは誰一人不満を持つことなく微笑ましく見守っていた。
***
その後、甘酒で体を温めた二人は帰路につく。当たり前のように繋がれている手を見ている彼女の胸の中はふわふわと温かくなっていた。
「どうした?」
「焦凍くんと手を繋げるのが嬉しくって」
にこっと笑う彼女に、幼い日の彼女の姿が重なった轟は目を瞠る。あの頃、自分と変わらない大きさだった手は、今はすっぽりと自分の手の中に収まってしまっていることが不思議に感じた。
「あの頃は、お前の手も俺の手と変わんねぇ大きさだったのにな」
しみじみとした口ぶりの彼がおかしくなった彼女は、繋いでいない手を口元に添えてくすくすと笑う。
「初めて会ったときは子どもだったから手の大きさは変わらなかったけど、あの頃だって焦凍くんの手は凄く優しかったよ」
"今と同じ"と笑う彼女に、轟は繋いでいる手を強く握った。
「変わってねぇこともあんのかもしんねぇ……」
何か言葉を探している様子の彼が足を止める。それに
「俺は、あのときも、今もお前が好きだから」
微笑んでいる轟を大きく見開いた目で見つめた彼女は、次第に目を細め嬉しそうに頬を赤らめていく。
雄英に戻ってからの生活を考えると、きっと今のように穏やかなことばかりではない。それでも、と彼女は願うように目を閉じてから彼を見上げた。
「……これからも隣にいさせてね」
「俺も、お前の隣にいたい」
彼女の着物が崩れないように、そっと抱き寄せる。顔を上げた彼女と目が合うと、二人は額を重ねて笑い合った。