152021/01/01〜

『紡いで、織りなす』設定
※少しですがセリフや表現を修正しています。


 今年ももう終わるのかと思っていたのが一時間ほど前。年越しそばを食べたいと言っていた子どもたちは、ポカポカするお腹のせいかコタツでうたた寝をしかかっている。

「二人とも起きてください。ここで寝ると風邪を引いちゃいますよ」

 雄英で寮生活をしている長女は、大晦日のみの短い帰省を許された。やっと帰って来れた少女は玄関に入ると、ホッとしたのか寮生活を始めてからなかなか見せることのなかった安堵の表情を浮かべた。
相澤との親子関係を隠しての寮生活は、きっと少女につらい思いをさせているだろうと、母親である彼女はいつも以上に心を込めた料理で出迎えた。久々に会えた弟と嬉しそうに料理を食べていた少女の姿を思い出すと、彼女の胸にも小さな安堵が広がっていた。

「ほら、起きてください」

 子どもたちが家にいる。それだけのことが嬉しい彼女の声は、普段よりも一層柔らかい。船を漕いでいた少女がゆっくりと目を覚ますと、男の子も薄っすらと目を開けた。

「母さん……」

 眠いせいか、しがみついてきた男の子の背中を彼女はあやすように撫でる。

「ここにいますよ。このままお布団で寝ましょうね」

いつもならここで素直に頷く男の子は、彼女の首元に顔を埋めながら、嫌だ嫌だとぐずるような声を漏らした。

「どうしたんですか?」

「姉ちゃんと寝る……」

 姉である少女が帰ってくるのを今か今かと待っていた男の子にとって、少女と一緒に寝るのは入寮した夏以来。口には一度も出さなかったものの、毎日のように一緒に寝ていた少女と突然離れて暮らすことになった寂しさが男の子の中にはいつもあった。

「そうですね。約束してましたもんね」

 その寂しさを察した彼女は、座り直している少女に目をやる。

「お願いできますか?」

「うん。私も楽しみだったから」

にこりと笑う少女の顔は、微笑んでる彼女と瓜二つだった。母親の腕の中から、"おいで"と両手を差し出す少女の元へ移動した男の子は、ぎゅっと少女の首へ腕を回す。
 すぐにすやすやと聞こえてきた寝息に、少女と彼女は顔を見合わせて小さく笑った。

「あのね、ちょっと聞いてほしいことがあるから、待ってて」

「いいですよ。もうすぐ消太さんも帰ってきますから、三人で少し話しましょうか」

 ほんの少しだけ親子で話をしようという彼女に、少女の頬が嬉しさで赤みを帯びる。嬉しそうに頷いた少女は、小さく頬ずりをしてから自分の部屋に男の子を運んでいった。

***

 一度眠るとちょっとやそっとでは起きない弟をベッドに寝かせてきた少女は、音を立てないように気をつけてリビングへと戻って来た。

「あ、ちょうどお茶が入りましたよ」

「ありがとう」

 お気に入りのマグカップに注がれたハーブティーの香りを微かに感じながら、少女は先ほどと同じ場所へと座る。そして、その隣に彼女も腰を下ろした。

「一日だけでも、こうして貴女が帰って来てくれて嬉しいです」

柔らかな彼女の表情に、どうしてか涙が出そうになった少女は俯きながら頷く。

「私も、帰って来れてよかった……。みんなといられて嬉しい」

 すっと伸ばされた手によって、少女は彼女の腕の中にいた。何も言わず、ただ頭を撫でてくれる手が幼いころのものと何も変わっていないことが、心の中で張りつめていたものを淡く溶かしてくれる。目を閉じれば、より彼女のあたたかさや優しさを感じて、少女は自分に回された腕に手を添えた。

「学校、大変なことも多いと思います。でも、元気に過ごせていますか?」

「……うん」

 学校のことを聞かれて最初に思いだすのは、彼のこと。じんわりと頬が熱くなるのを感じながら、少女は抱きしめてくれている彼女へ振り返った。

「あのね、その、明日、初詣なんだけど……」

「あ、みんなで行きますか?」

弟と毎年一緒に行っていた初詣。今は夢の中にいる男の子も一緒に行くつもりでいるのだろう。

「えっと、その、初詣って二回行ってもいいのかな?」

 少女の質問に、彼女はうーん、と考えながら視線を上の方へ向ける。

「問題なかったと思いますけど……確か、一回のお詣りでお願いできるのは一つだけだったと思います」

「じゃあ、二回行っても大丈夫?」

はい、と彼女の返事を聞いて、少女は安心したように息を吐く。なんでそんなことを気にしているのかと考えてすぐ、彼女は思い当たることがあった。

「もしかして、誰かに誘われてるんですか?」

 ぴく、と反応した少女の顔がみるみる真っ赤になっていく。クラスメイト達に誘われたのかと考えていた彼女は、ああ、とすぐに別の理由に気づいた。

「男の子に二人きりで誘われてるなら、消太さんに話しちゃダメですよ」

「え? なんで?」

 不思議そうに目を瞬く少女に、彼女は楽し気な笑みを浮かべると、ぎゅうっと強く抱きしめた。

「消太さんはヤキモチ妬きなんです。だからですよ」

 あまりよく分からないけれど、相澤のことを誰よりも知っている彼女が言うのであればと納得した少女は、素直に頷いた。

「相手の男の子のこと、好きなんですか?」

思わぬ直球に、少女は激しく動揺して大げさなほど体を震わせた。嘘を吐けない少女を可愛らしく感じながら彼女はくすっと笑う。

「その、うん。好き、だよ」

 恥ずかしさで俯いた少女は、ぽつぽつと相手の男の子のことを話し出す。相手の男の子のことを知っていた彼女は、優しく目を細めて話に耳を傾けていた。

「もうお付き合いしているんですね」

「多分……」

自信のなさそうな少女の顔を覗き込むように彼女は首を傾げる。

「多分って、相手にも"好き"って言われたんでしょう?」

「そう、だけど……」

「相手はどこのどいつだ」

 地を這うような機嫌の悪い声。目を瞬いた二人がゆっくりと声のした方を見れば、手土産を持った彼がリビングの入り口に立っていた。すっかりと話し込んでいて、相澤が帰ってきたのに気づいていなかった二人の口は動きを止めてしまう。

「オイ」

苛立った顔をしている彼に、何を言おうか迷う少女を置いて、彼女が口を開く。

「おかえりなさい、消太さん」

 にこ、と柔らかな笑顔を向けられると、それを無視することができない相澤は口を噤んでから、仕方なく"ただいま"と小さな声で返した。

「これでみんな揃いましたね」

 楽しそうな口調の彼女に、不機嫌を消されてしまった相澤は小さくため息を溢し、少女はつられて嬉しそうに笑う。
 最近のヒーローの間で流れる緊張感はなく、この家の中はいつも彼女中心に温かい。しかし、ほのぼのとした空気に流されることなく彼は同じ質問を娘に投げかけた。

「さっきの話の相手は誰た?」

「え、えっと……」

 彼女に"消太さんはヤキモチ妬き"と教えられたばかりの少女は話していいのか迷ってしまう。言い淀む少女に相澤が早く答えろとばかりの目を向けると、まあまあと彼女が優しく割って入った。

「いいじゃないですか。彼氏ができたって」

「よくない。まだ高校生だぞ」

 思わぬ返事に、目を瞬いた彼女はプッと噴き出しそうになった口元を押さえると背を向けて笑い出した。肩を震わせて笑った彼女は目尻にたまった涙を拭いながら相澤へ視線を戻す。

「消太さんが言うんですか? 私、消太さんとお付き合いしたの、高校一年生でしたよ?」

「え? そうなの?」

 きょとん、とした顔をする少女の奥から、まだおかしそうに笑っている彼女が"そうですよね?"とからかうような口ぶりで尋ねてくる。

「………」

 分が悪くなってしまった相澤が口を閉じれば、さらに彼女がからかい始めた。

「もしかして、忘れちゃったんですか? 相澤先輩……」

わざと寂しそうな声を出す彼女に、毎回まんまと引っかかるのは彼女の隣に座る少女で、幼いころと同じ困ったような顔を相澤に向けた。

「消ちゃん……」

 どうしよう、と言いたげな声が追い打ちとなって彼は参ったとばかりに息を吐く。

「今はお前も相澤だろ」

その言葉に彼女の目は丸くなる。そして、いつになっても照れくさそうにする相澤を愛おしそうに細めた目で見つめた彼女の口元が柔らかく弧を描いた。

「いいえ。この家にいるみんな"相澤"です」

 ハッとした少女は、また自分の腹の辺りに回された腕を見ながら俯いた。ここに帰ってきた今は祖母の旧姓を名乗る自分ではないのだと改めて感じると、安心と嬉しさが一気に胸に溢れていく。

「……当たり前だろ」

ふい、とそっぽを向いてしまう彼を、くすくすと笑う声を聞きながら少女は顔を上げられずにいた。

***

 弟の待つ部屋へ戻って行った少女を見送ると、リビングに流れるのは夫婦の時間だった。

「本当は気づいていたんでしょう? あの子にそういう人ができたこと」

「……まあな」

 部屋着になった相澤の胸に背中を預けた彼女は、ふふ、と楽しそうに頬を緩める。

「いい子ですもんね。相手の子も」

「知ってたのか?」

ええ、と答えながら、彼女は彼と揃いのマグカップを手にした。ふぅふぅと息を吹きかけている中身は、相澤から見ればぬるそうだ。
猫舌の彼女は慎重にマグカップへと口をつける。思ったよりも熱かったのか、顔をしかめると静かにローテーブルの上にマグカップを戻した。

「熱かったのか?」

「口がビリビリします」

 もっと冷ませばよかったと後悔している彼女の頬を大きな手がすくい上げる。驚いている彼女に構わず、彼は薄く開いている形のいい唇に吸い付いた。

「んっ……」

 わざと息継ぎをさせないようにキスを繰り返していれば、相澤の思惑通り酸素を求めた彼女の口が開く。それを待っていた彼は舌をねじ込んだ。

「ん!? んんっ……!」

驚いている彼女に構わず、口内を舐めていれば胸元の服をぐいぐいと引かれ仕方なく彼は彼女から顔を離した。
 苦しそうに浅い呼吸を繰り返す彼女の頬が赤い。それを見ていた相澤の顔が引き寄せられるように、染まった彼女の頬に近づいた。

「もう、急に……どうしたんですか?」

 頬に唇を寄せられている彼女が息を整えながら尋ねると、彼は唇をやっと離す。

「火傷したなら、舐めといたほうがいいだろ?」

やっと意味が分かった彼女の顔がじわじわと赤くなる。クツクツと喉の奥で笑う相澤は今の今まで口づけていた頬を指の背でそっと撫でた。
 言葉はなくとも、その眼差しや触れ方で愛されているのが分かる。いつまで経っても愛おしい気持ちに限界がないと教えてくれる人が傍にいる幸せを噛みしめながら、彼女は彼の指に小さく擦り寄った。

「……あの子が初詣に行くときは、アレを着せてあげようと思うんです」

「アレって、俺と初めて初詣に行ったときのアレか?」

 頷いた彼女は、柔和に頬を緩ませながら相澤の頬へ手を伸ばす。

「覚えててくれて嬉しいです」

 覚えていてくれたことだけでなく、はっきりと言葉にしなくても伝わるものを感じた彼女は、優しく彼の頬を撫でる。
 撫でられた部分から熱が上がってくるが不思議と心地いい。しかし、照れくささも感じた相澤は、目だけを逸らした。

「……似合ってたからな」

 とても似合っていた。息を呑むほど、今でも忘れられないほど、彼女によく似合っていたアレはきっと娘である少女にもよく似合うだろう。
 ただ、その姿が少女の恋人である少年の為というのが、相澤にはまだ納得ができなかった。

「あと、どれくらいですか?」

 ぽつり、と溢した彼女の声はどことなく寂し気だ。同じ気持ちである彼の声も淡々としていながら、どこか寂しさが混じっている。

「いられて一時間だな」

 雄英の教師である相澤が家族と過ごせる時間は僅か。息子と話すことはできなかったが書置きを残すことにしている彼は、そっと目を閉じて彼女の首筋に顔を埋める。

「それまでは、お前の旦那として傍にいるよ」

「……私も、今は消太さんだけの私でいます」

 相澤の温もりを感じ入るように彼女も目を閉じた。重なり合う頬が離れれば、おのずと唇を寄せ合う。そのまま、時間ギリギリまで二人は直接、愛情を伝えあった。
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