132020/11/01〜

『結んで、ほどいて』の三人
 踏み固められた砂の地面。そのあちこちに、色づいた落ち葉や木の実が転がっている。しゃがみ込んだ女の子はそれらをよく見て選んでは、一つ一つ丁寧に拾っていた。

 少し遠出をした公園のベンチで相澤はちょこちょこと動きながら落ち葉や木の実を拾う娘の様子を見ていた。女の子の手にある落ち葉が、どんな基準で選ばれているのかは分からないが、日に透かしたり、先に拾ったものと大きさを比べたり、迷うように手を動かしている。

「消ちゃんっ!」

 パタパタと走る女の子は、楽しさと寒さで頬を赤らめて相澤の元まで来た。そしてスカートに乗せた落ち葉たちを見せるように更に引き上げる。

「見て! いっぱい綺麗なの見つけた!」

「ああ、凄いな」

ふふふ、とちょっぴり得意げに笑う様子が可愛らしく、彼の目が自然と優しさを帯びた。夢中に拾っている間についてしまったのだろう、それを青みがかった白い髪から取って見えるように女の子へ差し出す。

「ほら、ついてた」

「真っ赤……」

 偶然ではあるが、女の子の髪についていたもみじは彼女が拾ったどれよりも赤く染まっていた。ほう、と感心するように見入っている女の子の髪にもみじを戻した相澤はスマホのカメラを向ける。

「消ちゃん?」

 こてん、と首を傾げた女の子の髪がさらさらと流れてから、彼はシャッターを切った。落ち葉や木の実をスカートに乗せ、可愛らしく小首を傾げている娘の白い髪に真っ赤なもみじがとてもよく映えている。
 撮ったばかりの娘の写真を映し出しているスマホの画面上で無骨な指を滑らせた彼は、ちらりと女の子を見てからスマホを見せた。

「今撮った写真」

「お姉ちゃんに送ってたの?」

頷いた彼からスマホを覗き込んだとき、たくさんの通知が次々と目まぐるしく画面に現れる。驚いて目を丸くさせる女の子とは対照的に、相澤は呆れから渋い顔をした。
 メッセージの主は今日ここにはいない彼女からで、内容は先ほど彼が送った写真についてのもの。こうなることが分かっていたとはいえ、まさかこんなにも早く返事が来るとは思っていなかった相澤は頭を一つ掻いてから返信を打つ。

「お姉ちゃん、なんて言ってるの?」

「仕事、頑張るってさ」

 スカートを引き上げたままの手を彼の膝についた女の子に、相澤は眉間にしわを寄せた。

「おい、あんま引っ張り上げるな」

下にレギンスを履かせているとはいえ、ぐいぐいとスカートを引っ張り上げている娘の姿を誰かに見られたくはない。素直に、うん、と返事をした女の子は静かにスカートを持ち上げる手を下げた。

 彼女から預かってきた出かけるときに持ち歩くトートバッグの中を覗けば、綺麗にたたまれたビニール袋を見つけた。それを取りだせば、女の子は当たり前のようにニコニコとしながら、落ち葉やら木の実を相澤へ差し出す。

「いつもこれに入れてんのか?」

「うん。でもいっぱいはダメなんだよ。他の子も見たいかもしれないからちょっとだけ」

広げた小さなビニール袋にはマジックで線が書かれていた。どうやら、ここに入る分までということらしい。
ビニール袋の中に入れられた木の実たちがパラパラと音を立てている。その上に女の子に選び抜かれた落ち葉が入れられた。

「お姉ちゃん、喜ぶかな?」

「お前が選んだって言えば、アイツは喜ぶよ」

 一つ一つを手に取りながら、笑顔で話しを聞くであろう彼女が簡単に想像できた彼は目を伏せて表情を和らげる。その優しい顔は見上げていた女の子からよく見えていた。
 いつもしかめ面ばかりだけど、こうして相澤が優しい表情をしているとき、自分も大好きな彼女のことを想っているときだと知っている女の子は、大好きな両親が想い合っていることが嬉しくて頬をほころばせる。

「そろそろ帰るぞ」

「うん」

 落ち葉と木の実の入った袋を持っていない方の小さな手と、大きく無骨な手がしっかりと繋がれる。手を繋いでもらえて嬉しそうにする女の子の笑顔に、彼もフッと小さく口元を笑わせた。

***

 帰り道。もうそろそろ家に着く頃、相澤たちは声をかけられた。

「お嬢ちゃん。今日はお父さんとお散歩?」

いつも彼女と買い物に行くときに通る家の老女に、女の子は表情を明るくさせる。

「あ、こんにちは!」

「はい、こんにちは」

上品な笑みを見せる老女は以前、女の子が初めてのおつかいに行ったときにお世話になった一人。それを知っている相澤は、あの時のお礼も込めてしっかりと頭を下げた。

「いつもウチの者がお世話になっています」

「いえいえ。こちらこそ荷物を持っていただいたり、お裾分けをいただいたりお世話になっているんですよ」

ねぇ?と同意を求める老女に首を傾げた女の子には、話の内容が理解できていない。

「あのね、今日はね遠い公園行ったの」

 コレ、と落ち葉や木の実の入った袋を掲げる女の子に老女は、また目尻のしわを深めた。

「まあ、いいわね。秋らしいものがたくさん」

「コレ、綺麗だからおばあちゃんにあげるね」

赤いもみじと黄色いイチョウの葉が小さく細い指から、老女のあたたかい指先へと移る。慈しみを帯びた眼差しは長い年月ゆえか、とても深い。

「ありがとう。とても素敵なものをいただいてしまったわ」

 ちょっと待っていてね、と老女は玄関の中へと入っていく。それを見送った女の子は、不思議そうに相澤を見上げた。

「ねえ、消ちゃん、おばあちゃん、どうしたんだろう?」

相澤が、す、と視線を女の子に移したとき、ちょうど老女が家の中から出てきた。

「お待たせ。はい、コレ」

 老女から差し出されたのは、ビニール袋いっぱいに入った冷たい栗。目をパチパチと瞬かせた女の子は確認するように相澤の顔を見上げてから、老女へ顔を向けた。

「私が見つけた秋よ。交換してちょうだい」

微笑みながら、あげたばかりの落ち葉を見せられた女の子は頷いて、栗を受け取った。

「ありがとう」

栗の入った袋を両手で抱えた女の子は嬉しそうに笑う。

「すみません。こんなに頂いてしまって」

「いいんですよ。奥様にもよろしくお伝えくださいね」

 上品な笑みに相澤は会釈を返した。もう一度お礼を言ってから、相澤と女の子は帰路に着く。
 栗を抱えている為、落ち葉たちの入った袋は女の子の手から彼の持つトートバッグの中へ入れられていた。

「お姉ちゃんのおみやげ、いっぱいになったねぇ」

幸せそうに頬を緩ませる娘を見る相澤の目は、見守る穏やかさとあたたかさが含まれていた。

***

 夜に帰宅した彼女は、女の子から今日一日の話を聞いている。少し遠くの公園に連れて行ってもらったこと。そこでたくさんの色づいた落ち葉や木の実を見たこと。そして、女の子が一生懸命に選び抜いたおみやげに、彼女は感嘆の声を上げる。

「わぁ! 綺麗ですね」

袋から取り出したもみじを照明に透かすように持った彼女に、女の子が手のひらに乗せたドングリを見せた。

「これね、いろんなのがあったんだよ」

「ああ、これはコナラですね。こっちの丸いのがクヌギです」

 感心して聞いている女の子は、木の実からそれを思い出して相澤に近寄り腕を引く。

「消ちゃん、あれ出して!」

「あー、はいはい」

あれがなんなのか分からない彼女は不思議そうにキッチンへ向かう相澤を目で追いかけた。そして、冷凍庫から取り出したそれを女の子に渡した彼は、また元の場所に座る。

「あのね、こっちはね、おばあちゃんと秋の交換してもらったの!」

「栗ですね。それもこんなにたくさん」

 二人で嬉しそうにしている様子を相澤は横目に見ていた。きゃっきゃっきゃと楽しそうな妻と娘の声を聞いていれば、自然と彼の口角は上がる。

「栗ご飯も渋皮煮もたくさん作れそうですね」

「しぶかわに?」

「甘くて美味しいんですよ」

 何気なく顔を上げた相澤と彼女の目が合った。柔らかな笑顔を向けてきた彼女に思わず顔を赤くさせた彼は、誤魔化すように顔を逸らす。

「冷凍してありますから、鬼皮が剥きやすくてお料理しやすいんですよ」

楽しみですね、と言う彼女に女の子も頷く。ふわぁ、っと大きくあくびをした女の子に彼女は微笑んだ。

「もう寝ましょうか。また今度、おばあさんのところへお礼に行きましょうね」

 うん、と目をこすりながら返事をした女の子は彼女に抱き上げられ寝室へと入っていった。

***

 一日楽しそうに走り回っていた女の子は布団に寝かされてすぐに眠ってしまったのか、寝かしつけに行った彼女がすぐにリビングへ戻って来た。

「今日は凄く楽しかったって、眠る直前まで言ってました」

くすっと笑いながら隣に座った彼女は、そっと頭を相澤へ寄せる。ふわりと香るシャンプーの匂いと触れ合ったところから感じる彼女の体温が、妙に彼を落ち着かせた。

「いいなぁ、消太さんと一日デート」

 からかう口ぶりの彼女へ相澤の視線が、ちらりと向けられる。上目で見つめてくる彼女にムッと不機嫌そうな視線を向ける彼とのにらめっこ。それは相澤が折れる形ですぐに終わった。

 小さく息を吐き出すと彼は片腕で彼女の頭を包むように引き寄せる。

「今日はこれで我慢してくれ」

「こうしてもらえるだけで、幸せですよ」

頬をすり寄せた彼女は相澤の体温を噛みしめるように目を閉じた。触れ合っていた肩が離れたと思えば、彼女の唇感じる体温。驚いて目を開ければ、目を閉じた彼がとても近い距離にいた。

 そのまま目を閉じることもできずにいれば、重なっていた唇はゆっくりと離れる。ふ、と表情を和らげた相澤に、赤くなってしまった顔を見られたくない彼女は隠すように彼の胸に顔を押し付けた。
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