とっておきをめかし込んで

 休日のとある日。ショッピングモールに入っている子ども向けの衣料品を扱っているテナントで彼女たちはアレコレと商品を見て歩いていた。

 子ども服を手に取りながら、桜は懐かしそうに目を細める。最近、雄英高校に引き取られた女の子はどんな服が好みだろうか。どんな服が似合うだろうかと考えながら、可愛らしいトップスを手に取る。

「お姉ちゃん、いいのあった?」

 ひょっこりと顔を出した雪乃の手にあるのはエプロンドレス。落ち着いた緑色と派手過ぎないデザインがとても可愛らしい。

「わぁ、コレ、すっごく可愛いですね!」

「ね! 絶対エリちゃんに似合うと思う」

 ふふ、と見合わせて笑う二人の顔はとてもよく似ている。小さな頃から桜とよく似ていると言われていた雪乃は高校生になっていた。身長や髪の長さまでもが彼女と似ていて、姉妹に間違えられることも少なくない。

「消ちゃんは?」

「さっき、向こうの方を見てましたよ」

 雄英の1-Aに在籍している雪乃は普段、学校にいる間は担任である彼のことを"相澤先生"と呼んでいる。春から続いて起きた事件で寮生活になってしまった雪乃にとって、彼のことを消ちゃんと呼ぶのは久々で、やっと家に帰れたような心地がしていた。

「桜、雪乃」

 彼女たちの名前を呼んだのはもちろん相澤で、彼の手にも女児向けの服がある。

「消ちゃん、どんなの選んだの?」

「ん」

見せるように差し出してきたのはフリルのついた緑のトレーナーのセットアップ。覚えのある嫌な予感がしている桜の隣では、そのトレーナーを広げた雪乃が表情をパッと明るくさせた。

「わぁ! 懐かしいね! コレ、昔、私にも買ってくれたやつだ!」

「そうだな」

 雪乃が広げているフリルのついた緑のトレーナーには、やはりというべきかギョロっとした目のネコが描かれている。そして、デカデカとGANRIKI☆NEKOのロゴが入っていた。
どう見ても可愛いとは言い難いGANRIKI☆NEKOだが、相澤にはお気に入りなのか小さな雪乃に買ってきたことがあった。

(あのときは必死になって雪乃を説得したなぁ……)

 大好きな相澤からもらった服が嬉しいあまり、雪乃は外にも着て行きたいと言っていた。この癖というか灰汁(あく)というか、強すぎる特徴の服はどんなものと合わせても落ち着かない。そこで桜は、"外に着て行って汚したり破いたりしないように、おうちの中でだけ着ましょう"と雪乃を説得していたのだった。

「これも可愛いね。エリちゃん、ネコ好きかな?」

「か、可愛いですかね……コレ?」

 にこにことしながらGANRIKI☆NEKOを可愛いと言う雪乃は、こてんと首を傾げて桜を見る。

「え? 可愛いよ?」

「小さい女の子はネコ好きだろ」

「小さい子はネコが好きっていうのは分かるんですけど……」

傷つけない言葉を選ぼうとすると、上手く話すことができない。はっきり言えるのであれば、一般受けはしないと言ってしまいたい。それに、純粋な厚意としてこれを差し出されたら、エリちゃんが困ってしまうのではないかと思うからこそ桜は、言葉に悩んでしまった。

「他に何がいるんだ?」

「うーん、下着は買ったから……。あ、靴下はもう少しあった方がいいかも」

 靴下か、と探しに行ってしまう相澤を止められる言葉が見つけられなかった彼女は、あああ、と思いながらその背を見送ってしまう。

(ど、どうしよう……)

夫の背を掴むことのできなかった彼女の手は、行く場所なく今も彷徨ったまま。困り切っている桜の気持ちを察することができず、雪乃は小さく首を傾げた。

「お姉ちゃん? どうしたの?」

 不思議そうにしている雪乃の顔を見て、彼女は昔を思い出す。年に数枚増えていたGANRIKI☆NEKOの服。幼い雪乃を喜ばせたくて買ってきた相澤と、感覚が似ているのか可愛い!と喜んでいた雪乃に、否定的な言葉をかけられなかった。その結果、行きついたのは可愛いものの中に数枚、変わったものがあっても誤魔化せる!という考えだった。そして今、彼女はあの頃と同じ『木の葉を隠すなら森の中』作戦をとることにした。

「雪乃……もう少しエリちゃんの服、選んできてください」

「え? まだ買うの?」

既に上下ともに7着はあるカゴの中を見た雪乃は目を瞬く。

「あと数枚でいいんで、凄く可愛いの、探してきてください」

「う、うん……」

"凄く可愛いの"と強調した桜を不思議に思いながら、雪乃は先ほどまで見ていた売り場に足を向けた。一生懸命に一つ一つのデザインを見て悩んでいる姿を、ちらりと見た桜の口元に笑みが浮かぶ。何事にも一生懸命なところは小さな頃から変わらないなと感慨深くなっていた。

「これ、どうだ?」

「………」

 そんな彼女の笑みを凍り付かせたのは相澤で、その手にはこれまたデカデカした目のネコとスパンコールでゴテゴテした靴下が握られていた。

***

 休日の雄英高校。その職員寮の一室に身元を預かられているエリちゃんがいる。
同じヒーローである為、教職員たちと桜は知り合いで職員寮に入る緊張もない。しかし、生徒である雪乃はそうではなく、緊張で買ってきたエリちゃんの服をぎゅっと抱きしめた。
 何かヘマをしたら自分と相澤の関係がバレてしまうかもしれない。自分に何かあるだけならばいい。しかし、それで相澤や桜に迷惑をかけることになったらと思うと呼吸は浅くなっていった。

「雪乃、大丈夫ですよ」

にっこりと向けられる彼女の笑み。家にいるときと変わらない笑顔に、緊張がほぐされる。雄英高校に帰って来てしまった以上、相澤のことは先生と呼ばなくてはいけないが、ヒーローコスチュームを纏っていない桜は、ここでも相澤桜として、自分の母親でいてくれている。

 そっと繋がれた手が少し冷たい。小さな頃から優しく引いてくれた彼女の手と自分の手の大きさは殆ど変わらなくなってしまったというのに、不思議と包み込まれているような心強さを感じた。

「さ、エリちゃんに会いに行きましょう!」

喜んでくれるといいですね、と笑う桜につられて雪乃も、うん!と笑い返す。その様子を、一歩先を歩く相澤は背中で感じ、小さく口元に笑みを浮かべていた。

***

 トントン、とノックをして先に部屋に入っていったのは、エリちゃんの身元預かり人になっている相澤だった。そして、少し何かを話した後、入り口で待っていた二人へ"入っておいでー"と生徒に対するような口調で声をかけた。

 お邪魔します、とすたすた入っていった桜の後を雪乃が慌てて追いかける。子どもの頃、彼女は大人だからいつでも平然としているのだと思っていたが、高校生にもなると相澤が昔"桜はあれで肝が据わってる"と、言っていたことが理解できた。

「初めまして、エリちゃん。私は桜って言います。仲良くしてくださいね」

 にこっと微笑む彼女にエリちゃんは目を瞬いている。そして、桜の後ろから来た雪乃の姿を見ると、明らかにホッとした顔をした。

「こんにちは。今日ね、エリちゃんにもらってほしいものがあるんだ」

首を傾げたエリちゃんに、雪乃がにこっと笑う。その笑顔は先ほど見た桜のものとそっくりで、エリちゃんは二人の顔を何度も交互に見た。

「あの、桜さんと雪乃ちゃんはきょうだい……?」

 おや、と桜は目を瞠る。実はサイキッカーとして何度かエリちゃんに会ったことがあるが、エリちゃんは誰に対しても、さんをつけていた。

「うん、あの、私のお姉ちゃん……」

「似てるね」

「えっと、ありがとう」

膝をつき合わせた雪乃とエリちゃんは何故だか、もじもじとしている。最近はめっきりと見ることのなくなっていた雪乃のもじもじとした様子に、桜はくすくすと笑いだした。

 不思議そうに首を傾げた二人の視線を感じた彼女は、笑いすぎて出てきた目元の涙を拭う。

「いえ、なんかお見合いみたいだなって思ったらおかしくなってきちゃって」

笑っていた理由はそれだけではない。エリちゃんに小さな頃の雪乃を見て、懐かしさも混じって桜は笑っていた。その心境に気づいていたのは相澤で、彼も懐かしさを感じていた。

「エリちゃんと雪乃はお友だちなんですね」

「えっと、はい……」

 初対面だと思っている自分に緊張しているのだと分かる桜は、そっと優しくエリちゃんの手を取る。少し体温の低い手から伝わるものに、エリちゃんは大きな目を見開いて彼女を見上げた。

「雪乃と仲良くしてくれてありがとう。これからも、お友だちでいてくださいね」

さらりと揺れた黒髪と綺麗な微笑みにエリちゃんの目は離せなくなる。取られている手を無意識に、ぎゅっと握れば桜の笑みはより深くなった。

「さ、エリちゃん。始めましょうか!」

「え?」

先ほどの息を呑むような美しい笑みとは少し違う、悪戯っぽい笑みを見せた桜に手を引かれ、エリちゃんは別室へと連れていかれる。

「ほら、雪乃も!」

 振り向きざまに呼ばれた雪乃も立ち上がると、たくさんの服が入った紙袋を抱えて追いかけた。
追いかけてきた雪乃から室内へ桜の目が向くと、相澤と視線がぶつかる。にっこりとした彼女の楽しそうな笑みに思わず彼の胸は跳ねた。

「相澤先生はそこで待っててくださいね」

自室へ戻るなと念押しした桜は相澤が何か言おうとしているのに気づいていながらもドアをぱたん、と閉める。部屋の向こうで始まるであろうものに予想がつく相澤の顔が顰められた。

***

 彼の予想通り、別室ではエリちゃんのファッションショーが始まっている。

「ほら、コレとかどうですか?」

「か、かわいい、です!」

服に合わせて髪形を変えるたびに、二人から可愛いと絶賛されていたエリちゃんは、最初こそ恥ずかしがっていたものの、だんだんと楽しくなってきたのか笑みを見せ始めた。

「コレは雪乃が選んだんですよ」

「雪乃ちゃんが?」

「文化祭のとき、赤いスカート履いてたから、こういうのもいいかなって」

 きゃっきゃっと聞こえてくる声を聞きながら、相澤は部屋の外で一人、タブレットを使って仕事をしていた。
桜がここに残れと言ったのは仕事の邪魔をする為ではない。ここでも仕事ができると知っているからこそ、着替えたエリちゃんを見るまで待てと言うことだと分かっている。

絶えず聞こえてくる三人の楽しそうな声に、それにしてもと相澤は別室のドアをちらりと見た。

(女三人寄れば(かし)ましい、とはよく言ったもんだな)

 そんなことを思っていた相澤はバンッ!と開いたドアに、微かに肩を跳ねさせる。驚いていても顔に出さない彼の視界に、ひょっこりと顔を見せた桜は、彼を見ておかしそうに小さく笑うと開けっ放しの別室へと引っ込んだ。

「相澤先生、ちゃんといました」

今、確かに驚いているのを見抜かれて笑われた。そう感じた相澤の眉間には不機嫌からしわが寄せられる。ムスッとしている間に、別室から出てきたのは、雪乃に手を引かれたエリちゃんだった。

「しょ、あ、相澤先生、どうですか? エリちゃん」

 うっかり"消ちゃん"と呼びそうになった雪乃は慌てて相澤先生と呼び直す。素直な性格が出てしまっているのか、動揺して目を泳がせている雪乃に彼は内心ひやひやしつつも、エリちゃんへと視線を向けた。

 気恥ずかしそうに裾を握っているエリちゃんに、落ち着いた緑色のエプロンドレスは良く似合っている。

「似合ってるでしょう?」

二人の後ろから顔を出した桜に同意した相澤が頷くと、エリちゃんは恥ずかしさで俯いた。いつもは俯くと長い髪で隠れてしまう顔も、高い位置でお団子にまとめられている為はっきりと窺うことができる。

 桜と雪乃にツインテールも可愛いかもしれないと提案されているエリちゃんは、それにも興味があるのか控えめにやってみたいと答えた。
 さっそく、やってみましょうと手を引かれ、別室へと戻って行くエリちゃんを見送りながら彼は、ふと、自分の選んだ服は、いつ着てもらえるんだろうと考えていた。

「あ、雪乃。そういえば、今度、あの男の子と出かけるときの服は決まったんですか?」

「へっ!? そ、それは……」

もごもごと口を上手く動かせていない雪乃が真っ赤になっているのが見えなくても分かる。

「果敢無、あとで話があるから、そのまま寮に帰らないように」

 先生としての口調ではあるものの、相澤の表情はそれらしいものからはかけ離れたもので、完全に"雪乃の父親"の顔だった。

聞こえてきた声に隠しきれていなかった僅かな不機嫌を感じ取った桜は、声を潜めて雪乃に話しかける。

「もしかして、まだ話してなかったんですか?」

「だ、だって、話す時間なんかなかったんだもん……」

 それもそうかと苦く笑った桜の前には、一緒に出掛ける相手のことを考え顔を赤らめている雪乃。そして、どうして赤面しているのか分からないエリちゃんが不思議そうに雪乃を見上げていた。

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