夢見る絵本

 時刻は20時を少し回ったところ。音を立てないように、そっと手にしていた絵本を閉じた相澤は、自分の膝を枕にして寝入っている雪乃へと視線を落とした。少し前までは、体を小さく丸めて怯えるように寝ていたのにと思うと、この様子にホッとするような嬉しいような気持ちがじんわりと彼の胸に広がっていく。

「雪乃、寝ましたか?」

「今日は少し興奮気味だったから、もう少しかかるかと思ったんだだけどな」

 キッチンから運んできたお茶をローテーブルに置いた桜が、相澤の膝で眠っている雪乃を覗き込む。この寝顔に彼と同じことを感じたのか、彼女の顔にも穏やかな表情が広がった。

「消太さんは雪乃を寝かしつけるのが上手ですね」

「俺は本読んでやってるだけだ。お前の方が上手いだろ」

淹れてもらったお茶を手に、桜の寝かしつけを思い出す。布団に一緒に横になり、優しくあやすように雪乃の腹にぽんぽんと一定の間隔で触れて、今日一日、偉かったことを褒めていく。寝かしつけるための穏やかで少しだけ、かすれるような声は、聞いている相澤の眠気も誘ったことが何度もあった。

「そうですか? でも、私は消太さんが絵本を読んでくれる声、とっても好きですよ」

 にこっと笑って同じように湯呑を手にした桜に照れてしまい、彼の目が逸らされる。照れいる相澤を柔らかに細めた目で彼女は見つめていた。

***

 どこからか桜が探している声が聞こえる。雪乃と呼んでいる声に向かって立ち上がると、見たことのない服を着ていることに気が付いた。不思議に思う間も彼女が自分を探している声が聞こえてくる。早く行かなくちゃという気持ちが強くなって、考えるのを止めた雪乃は声の方へと駆け出した。

「あ、いたいた。どこまで遊びに行っちゃったのかと思いました」

 雪乃の姿を見つけた桜がいつもの笑みを見せてくれる。それだけで雪乃は嬉しくなって、無意識に笑みを返した。

「どうしたの?」

「おつかいをお願いしたいな、と思いまして」

 おつかい!と雪乃は嬉しさで表情を明るく咲かせる。大したことはできないが、彼女の手伝いができることが雪乃は嬉しくて仕方がない。

「山田先輩が風邪を引いて寝込んでるそうなんです。だから、パンとりんごと、お薬を届けてくれますか?」

 手にしていたバスケットの中身を見えるように下げた桜は、一つ一つ中身を確認している雪乃の青みがかった白い髪を優しい眼差しで見ていた。

「持てますか? お薬はビンに入っているので少し重いかもしれませんが……」

バスケットを受け取った雪乃は、思ったよりも重くないことにホッとして桜を見上げる。

「だいじょうぶ。重くないよ」

 自分を見上げてくる女の子の頭を撫でた彼女は、用意していたそれを取りだした。

「外は日差しが強いですから、これをして行ってください」

先日、完成したばかりのそれを雪乃にかぶせる。女の子の為に作ったそれは大きさもぴったりだ。

「苦しくないですか?」

「うん。ありがとう、ママ」

 自然と口から出てきた"ママ"という言葉に照れくさいような恥ずかしいような気持ちになった雪乃はもじもじとしながら俯いた。

「雪乃、どうかしたんですか?」

きょとんとしている彼女に、ううん、と首を振った雪乃はバスケットを持ち直すと、桜を見上げる。

「道、分かりますか? 一応、地図をバスケットに入れてますけど……」

「覚えてるからだいじょうぶ。行ってきます!」

うん、としっかり頷いた雪乃に、彼女も心配を含ませながらも頷いた。

「じゃあ、気を付けて行ってきてくださいね」

 家の外に出て見送ってくれる桜へ何度も振り返って手を振る。見えなくなるまでそれを繰り返しながら雪乃は、風邪で寝込んでいる山田の家に向かって歩き出した。

***

 赤い頭巾をかぶり、バスケットを手にした雪乃は迷わずに道を進んでいく。この道は桜と一緒に何度も歩いているお陰で、迷いなく歩くことができる。そんな女の子の様子を、木陰から一匹のオオカミが見ていた。

 じっと、その様子を見ていたオオカミは眉間にしわを寄せている。空を見上げたり、遠くにうさぎを見つけて、わっと楽しそうな声を上げてよそ見をしている雪乃が危なっかしくて仕方ない彼は、思わず女の子の前に姿を見せた。

「おい、転ぶぞ」

「え? うあっ!!」

 かけられた愛想のない声の方へ振り返った雪乃の足がもつれて体が傾く。ぎゅっと目を閉じたときには、女の子の小さな体は彼に受け止められていた。

大きな体で優しく抱き留めてもらった雪乃はびっくりしながらも顔を上げる。受け止めた彼、相澤は無愛想な顔のまま、じっと見上げてくる女の子の顔を見ていた。

「えっと、あの、ありがとう……」

 眠そうにも見える悪い目つきの相澤にどぎまぎとしながら立たせてもらった雪乃は、バスケットの中身を確認する。パンにりんごにビンに入った薬、どれも家を出たときと変わらずに入っていることにホッとした。

「どこか出かけるのか?」

 ぽつりと聞いてきた彼に、赤い頭巾から覗く青みがかった白髪(しろかみ)を揺らして、うんと雪乃が頷く。

「あのね、ひーちゃんが風邪引いちゃったからお見舞い行くの」

話しかけたのは自分だが、こんなに警戒心がなくていいのだろうかと相澤は更に眉間にしわを寄せた。

「ひーちゃんはね、虫怖いから森には住んでなくて、もうちょっと行ったところに一人で住んでるの」

その人物に心当たりのあった彼は、もしかしてと思いながら女の子に確認する為、優しい言葉を選んだ。

「そいつ、ひーちゃんは、声が大きいから誰もいないところで一人で住んでるのか?」

「うん、そうだよ。知ってるの?」

 まあな、と返した相澤は"ひーちゃん"の住む方を見てから、もう一つ気になっていることを訊こうと雪乃へ目を向ける。

「お前、桜って知ってるか?」

初めて会ったオオカミの相澤の口から出てきた名前に、目を瞬いてから雪乃は当たり前のように答えた。

「ママ」

 女の子の返事に彼は大きく目を見開くと、そうかと目を逸らした。その様子がとても悲しそうに見えた雪乃は、どうにかしたい一心で大きな手を握る。

「……だいじょうぶ? 雪乃、何かできる?」

幼い目にある心配に、彼女のことを思い出した相澤は眩しいものを見るように目を眇めた。ぎゅっと握ってくる小さな手を握り返してから、彼は視線を合わせるようにしゃがむ。

「お前は優しい子だな、雪乃」

 そっと頭巾の上から頭を撫でられた雪乃は、小さく嬉しそうな声を漏らした。

「……見舞いに行くなら、そこで花でも摘んでくといい」

「あ、うん。分かった」

ぽんぽん、と頭を撫でた相澤はじゃあなと言い残して、雪乃が来た道を歩いて行った。その背中と揺れる尻尾を見送った女の子は不思議そうに首を傾げた後、ハッとして花が咲いている野原へと入る。

 そこには色とりどりの花が咲いていて、一輪一輪がとても見事だ。たくさん摘んでは、花が可哀そうだろうかと思った雪乃は、どれにしようかと考える。赤い花にしようか、黄色い花にしようか、それとも小さく可憐な白い花にしようか。

山田のことを考えながら、雪乃は一生懸命に花を選んでいた。

***

 摘んだ花をハンカチで包んだ雪乃は迷わずに山田の家に着くことができた。

「こんにちは」

とんとん、と木製のドアをノックしても、中から彼は出てこない。もしかしたら、聞こえなかったのかもしれないと雪乃は小さな手をしっかりと握って、もう一度ノックをした。

「ひーちゃん、こんにちは! 雪乃、お見舞いに来たよ!」

先ほどよりも強くノックをすると、家の中から"雪乃?"とかすれた声が聞こえてきた。ゴホゴホと咳き込んだあと、ゆっくりと開いたドアの向こうからマスクをした山田が顔を出す。
 想像よりも顔色の悪い彼に、心配から雪乃の顔は強張った。

「ひ、ひーちゃん、大丈夫? あの、お薬持ってきたよ!」

「わりぃな、雪乃……」

そう答えると、また山田はゴホゴホと咳き込む。精一杯伸ばした手で高い位置にある背中を撫でると、雪乃は山田の手を引いた。

「ご飯食べた?」

 首を振った彼をベッドまで連れてきた雪乃は家の中に視線を巡らせる。使ったままの食器や、ほこりの溜まった部屋を見るのは生まれて初めてだが、これではもっと具合が悪くなってしまう気がした。

「ひーちゃん、雪乃、お掃除するね。窓も開けるから寒いかもしれないけど、お布団かぶって寝ててね」

「もう平気だから、風邪うつる前に帰っとけ……」

かすれていても真剣に心配しているのが伝わる山田の声に、雪乃は首を振る。

「大丈夫。雪乃は風邪引かないから、だからママにお願いされたの」

赤い頭巾を外した雪乃に、"ああ、そうか"と山田は頷いた。

「じゃあ、頼むぜ。適当でいいから、無理スンナ」

「だいじょうぶ! がんばる!」

 腕をまくった雪乃は、ぎゅっと両手を握ると、ベッドから離れて部屋の窓を開けにかかる。カーテンを開いて、大きく窓を開けた雪乃は、次に汚れた食器を手に取った。汚れがこびりついてしまった食器たちを水の中に入れて、汚れを浮かせている間に、掃除用具を探し出す。

 パタパタとせわしなく動いている小さな足音に耳をすませながら、山田はベッドの中で目を閉じていた。

***

 花を摘み終えた雪乃が山田の家に向かって歩き出した頃。桜は取り込んだばかりのシーツを雪乃のベッドへかけていた。

 洗い立てのシーツはラベンダーの群生の上に広げて干したお陰で、落ち着く香りがする。自分のシーツを抱きしめた彼女は、その香りを楽しむように顔を埋めた。

「いい香り……」

この香りも好きだが、桜の一番好きな匂いではない。もう何年も大好きな匂いを感じていないことを寂しく思いながら、自分のベッドを整えると、ふと何かの気配を感じて振り返った。

「……誰か探してんのか?」

 かけられた声に驚く間もなく彼女の手は取られ、強引に振り向かされる。

「旦那を探してんのか?」

忘れもしなかったその声で相手が誰だか分かっていた桜は自分の手を掴んでいる彼を驚かずに見つめた。

「消太、さん……。いつ、帰ってきたんです?」

彼女が顔を顰めているのは手を掴まれている痛みのせいだというのに、悲しみで胸がいっぱいになっていた相澤はその表情を後ろめたいことがあるのだと捉えてしまう。

 腹立たし気に眉間をぴくりとさせた彼は、整えられたばかりのベッドの上に彼女を押し倒した。

「ひゃ」

乱暴に押し倒された桜が目を固く閉じている間に、相澤がその上に覆いかぶさる。

「待っててくれるんじゃなかったのか……?」

ゆっくりと目を開けた彼女が見たのは、昔、いつも見ていた無愛想な彼の表情。しかし、あの頃とは違い、向けられている目が悲しみで溢れていて、苦しさでいっぱいになっている。

「俺が群れから抜けられるまで、待つって言ってただろ」

 二人は雪乃が生まれるずっと前から惹かれ合い、一生の誓いを立てていた。しかし、オオカミである相澤は簡単に群れから抜けることができなかった。その為、彼は一旦、彼女の元を離れることになり、彼女も彼が戻って来るのを待つということになっていた。

 組み敷いた桜に顔を寄せた相澤は、耳元に唇を寄せた。

「なんで待ってくれなかった……?」

「待っていましたよ、ずっと……」

耳に直接感じる吐息とかすれた声で、くすぐったそうに身をよじる彼女の言葉を信じられない彼は、怒りと悲しみをない交ぜにした心のまま、その頬を舐め上げる。

「雪乃」

 相澤の口から飛び出した子どもの名前に、"えっ?"と桜は目を瞬かせた。

「知らないと思ったか?」

深く愛してしまったあまり、憎むこともできない彼の胸は重く、今にも潰れてしまいそうだ。

「俺はもう群れには戻れない。お前のところしか戻る場所はなかったのに……。なんで俺以外の男と、結婚なんかした……!」

頬から首筋へと唇を移動させた相澤は喉元で、ぴたりと動きを止める。答え次第では、この白く細い首筋を噛み切って、自分も後を追っても構わないとすら考えた。

「消太さん以外の人なんて、知りません」

凛とした声は別れる最後に聞いたときと違って涙に濡れても、震えてもいない。相澤の耳によく残っている、凛とした桜らしい声だった。

「嘘を吐くな。俺は、本気だぞ」

 彼女の首に歯を触れさせた彼の手が、そっと握り返される。優しく握り返してくる手が昔と変わらずに、少しだけ冷たいことが相澤の動揺を誘う。

「私は、消太さんになら食べられても構いません。子どもの頃に言ったことは、今も変わっていません」

 今の雪乃くらいの歳で出会った二人。まだお互いに種族を超えての片想いをしていた頃に彼女から告げられた言葉に、彼は狼狽えるあまり軽く牙を立ててしまった。

「いっ……!」

「桜!!」

 痛みで上がった声で我に返った相澤は薄っすらと血が滲んている桜の首を舐める。

「そんな、顔をしないで……。私には、今も昔も、あなただけですから」

必死に首を舐めてくる彼の手をなんとか引く。やっと首から顔を上げた相澤を見ることができた桜は嬉しそうに笑った。

「会いたかったです。ずっと、待ってましたから」

「嘘だ……」

「嘘じゃありません」

 力の入っていない彼の手から解放された彼女の手。その手は相澤の首元に回されそのまま引き寄せられる。唇を触れさせてきた桜を信じられない気持ちで見ていた相澤は泣き出したい気持ちを隠すように、くしゃりと顔を顰めた。

「こんなことすんな……。母親がこんなことしてるなんて雪乃が知ったら悲しむぞ」

「どうして?」

 なんで分からないんだと彼は彼女に失望した気持ちで睨む。

「どこの誰とも分からない、父親でもない男と母親がこんなことをしてて喜ぶ娘がいるわけないだろ」

言わせやがってと顔を逸らす相澤に、桜は首を傾げた。

「あの、何を言ってるんですか? 雪乃に会ったんじゃないんですか?」

事情が飲み込めていない彼女の様子に嘘がないような気がして、彼もやっと普段通り冷静になってくる。

「さっき、ここに来る前に会った。山田に会いに行くって言ってたから、すぐに帰れないように花を摘めって唆した」

 あの純粋な幼子を騙したことに今さら胸が痛んだ。後悔をしているような相澤に、もしかしてと桜がハッとする。

「雪乃の頭巾の下、見なかったんですか?」

ぎこちなく頷いた彼に、やっとどういう状況なのか理解した彼女はそっと目を伏せると、おかしそうに口元に弧を描いた。

「雪乃が悲しむわけ、ないじゃないですか。きっと喜びます」

相澤の頬を優しく撫でると、桜の目が愛おしさで優しくなる。

「あの子は、雪乃は、消太さんの子なんですから」

「……は?」

 驚きのあまり間の抜けた声を出した彼に、彼女はくつくつとおかしそうに笑う。その笑い方も昔と変わらないと懐かしんでしまった相澤は、そんなことを考えている場合じゃないと、桜に詰め寄る。

「どういうことだ」

「どうもこうもないですよ。消太さんがいなくなったあと、妊娠が分かったんですから」

 衝撃的すぎる話に彼は動けずにいる。その様子に気づきながら、彼女はふふっと笑って彼の頭にある大きな耳に触れた。

「雪乃は消太さんの子です。あの子にも、消太さんと同じ耳と尻尾があるんですから」

「本当、なのか……?」

「ええ、半分はオオカミなので人間の風邪も引きません。だから、山田先輩のお見舞いに行ってもらったんですよ」

かなり性質の悪い風邪みたいで、私が行って罹ってしまうと雪乃の面倒を見られませんからと言った桜の首筋にまた顔を埋めた相澤は大きくため息を吐く。

「……桜、待たせて悪かった」

「おかえりなさい、消太さん」

 ぎゅっと抱きしめられた彼は大きく頷いて彼女を抱きしめ返す。雪乃が帰ってくる夕方まで、相澤は会えなかった分を埋めるように桜への気持ちを態度で表すことにした。

***

 山田の家の掃除を終えた雪乃はトレイに食事を乗せる。トレイに乗せた食事を落とさないように気をつけながら、ゆっくりと慎重にベッドで寝ている山田の元へと運んだ雪乃は、静かに声をかけた。

「ひーちゃん、ご飯できたよ。食べられる?」

「マジでわりぃな、雪乃」

 顔を背けて咳をした彼はベッドから体を起こすと、運ばれてきたものに目を瞬く。ベッドサイドに置かれたのは湯気を立たせたいい匂いのするスープと、ふかふかとしている白いパンだ。このパンはいつも桜が持ってきてくれるものと同じだが、スープはどうしたのだろうかと、山田は女の子に目を向ける。

「これ、雪乃が作ってくれたのか?」

「うん、ママに教えてもらったやつ」

 もしかして、これは人が食べないものだったんだろうかと、雪乃の頭にある大きな耳はペタンと垂れてしまう。どうしようと、戸惑っているのが分かった彼は、片眉を下げた。

「んな、顔スンナ。食欲なかったんだけどヨォ、これなら食えそうだ」

ありがとなと頭を撫でてやると、気持ちよさそうに雪乃の表情が緩んだ。拙いながら、なんとか完成させたスープを美味い、美味いと食べる山田を、ベッドに顎を乗せてみていた雪乃は照れくささで布団に顔を押し付ける。

 のんびりと温かい時間が過ぎている、そんな時だった。トントンと控えめなノックがしたと思えば、ドアが開き、そこには二人の人間が立っていた。

「失礼します。この辺りでオオカミを見たとの話があって見回りに来ました。異常ないですか?」

そう訊いてきた紅白の髪を持つ男の子と、頼りなさそうに唇を波打つように弾き結んでいる男の子。二人の肩には猟銃がある。

 突然入ってきた人間に怯えた雪乃は耳を隠すように頭を抱えて震えだした。

「大丈夫だ、任せろ」

風邪でかすれてしまった声だったが、それは雪乃の震えを止めるほど安心感の強いもの。ホッとして小さく頷いた女の子の頭に、彼は赤い頭巾をかぶせた。

「ああ、悪い。風邪引いちまっててよ、こっちはなんも問題ねぇから心配すんな」

「大丈夫ですか? 何か手伝えることは……」

 咳き込む大きな音を心配して、中へ入ってきてしまった焦凍と環が見たのは、ベッドで起き上がっている山田と赤い頭巾をかぶって俯いている女の子だった。

 赤い頭巾からのぞく青みがかった白い髪に見とれた環は顔に熱を持ったのを感じていた。

「君も具合悪い? 大丈夫?」

 焦凍に声をかけられた雪乃は恐る恐る顔を上げる。ゆっくりと上げられた顔をはっきりと見た焦凍は、小さな胸がドキッと跳ねたのを感じた。

「だ、だいじょうぶ。風邪引かないから……」

 おどおどとしながら焦凍を見た雪乃は目を瞬く。初めて見る紅白の髪を可愛らしく思って、つい見入っていた。

じっとお互いを見ている二人に環の胸はもやもやとしてしまう。しかし、どうしてこんな気持ちになるのかも分からない彼は、ぎゅっと胸元を握って俯いた。

「なんか、俺以外で青春始めないでくんない? 風邪引いてんだって」

 咳ばらいをしたつもりがそれが刺激になって咳をしてしまう。コンコンと苦しそうに咳き込む山田を心配して雪乃が立ち上がる。

「あっ……」

 そう思ったときには遅く、立った拍子に、かかっていただけの赤い頭巾が外れてしまった。青みがかった白い髪の間から覗く大きなオオカミの耳。見られてしまった雪乃は猟師である二人に追い出されてしまうのだと、怯えて両手で耳を押さえながら蹲った。

「ご、ごめんなさい! なんにもしてないから許して!」

 知り合いにはいないが、オオカミというだけで嫌われてしまうことがあると知っている雪乃は怖くて堪らない。

「君は悪いことしたの?」

聞こえてきた声にブンブンと顔を振って否定すれば、じゃあ、と手を差し伸べられる。

「怖がらなくていい。俺が守るから」

 塞いでいるのが嘘のようにはっきりと聞こえてきた声が優しい。誰が言ったのか確認するように顔を上げると、まるで太陽のように眩しくてはっきりと顔を見ることはできなかった。

***

 嗅ぎ慣れたシーツの匂いをぼんやりと感じる。ゆっくりと開いた目に、桜の驚いた声がかけられた。

「え、雪乃? も、もしかして、見て……?」

 いつも並んで寝ている布団。普段は雪乃を挟むように寝ているのに、どうしてか相澤は隣におらず、桜に覆いかぶさった状態で瞠目している。

固まっている二人に、寝ぼけ眼でにこっと笑った雪乃は、相澤と桜に向かって手を伸ばした。

「ママ……、パパ……」

 のろのろと力ない小さな手が桜に触れると、雪乃の目は更に嬉しそうに細められ、そのまま、相澤に読んでももらったばかりの絵本の夢へとまた戻っていった。

 動けずにいた相澤と桜はゆっくりと顔を見合わせると、静かに笑い合う。そして、いつものように雪乃を間に挟み、二人で抱きしめるようにして眠り始めるのだった。

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