奪い奪われ捧げ合う

リクエスト置き場のものと同じものです。
 どうしてこんな状態になっているのか。相澤は動揺で心臓をバクバクさせながら考える。右には崩れてきたガラクタ、左にもガラクタ。頭上と足元にも何かしらある感覚がする。そして一番の問題は―――

「大丈夫ですか? 相澤先輩」

―――防人に押し倒されているようなこの状態だ。彼女のサラサラとした髪が相澤の顔にかかる。絹のような髪は自分のものとはまるで違う。髪が流れた瞬間にしたいい香りと、整った顔が目の前にあることに、彼の顔が一気に赤くなった。

***

 二人がこの状況になってしまったのは少し前のこと。職員室の帰り、相澤は防人を見かけた。誰も使わないような空き教室に一人で入っていく彼女の表情は、警戒しているようなどこか張りつめたもの。それが気になったのと、胸騒ぎのようなものを感じて相澤は防人を追いかけて空き教室の中に入った。

 彼が教室の中に入ってきた気配を感じ取った彼女が教室の中心で振り返る。どこか冷たさを感じるような目をしていた防人は、入ってきたのが相澤だと分かると大きく目を見開いた。

「あ、相澤先輩? なんでここに……?」

「お前が入っていくのが―――」

見えたからと答えようとしたとき、教室のドアからガチャリと音が響いた。続いて教室中の窓が黒く染まっていく。明らかに誰かの個性で閉じ込めにかかっていると、彼も警戒して周囲を見ようとしたときだった。

「相澤先輩!!」

 ドン!と思い切り突き飛ばされるように押し出される。倒れていく視界の中で彼女の背後にも何かが落ちてきているのが見えて、咄嗟に彼は彼女を引き寄せた。背中が床にぶつかる直前、防人の個性でふわりと二人の体が持ち上がり、ゆっくりと下ろされる。

そして状況は冒頭へ戻る。

***

「相澤先輩? どこか痛むんですか?」

心配そうに顔を近づけられて近かった距離が、鼻先が触れ合ってしまうほど近くなる。

「バッ……! ちか……!」

近い。彼女の呼吸が顔にかかると、全身が柔らかく刺激された。ぞわぞわとする興奮を必死に押し込めながら、顰めるように細めた目で防人をちらりと見る。

「すみません。さっきから、なんとか持ち上げようとはしているんですが……」

 自分たちを埋めているガラクタたち。顔を動かせる範囲でだが、空のペンキ缶や垂れ幕、看板の枠組みなど、昨年の文化祭に使われたのであろうものたちが防人から見える。覆うように落ちてきたそれらを、彼女は個性を使って持ち上げられないか考えていた。

「何がどのくらい私たちの上にあるのか分からなくて……」

無理やり持ち上げることもできなくはなさそうだが、ここは空き教室。広い屋外と勝手が違う。加減を間違えると教室ごと壊してしまいそうだ。

「無理して持ち上げようとするな。今、何もしないで崩れてこないならこのままでいた方がいい」

「そうですね」

 困ったように目を伏せた防人の視界に相澤の姿が入る。そこで初めて彼女は自分と相澤の距離に気が付いた。

「あ……」

自分の顔が赤くなっているだろうと感じて顔を逸らそうとするものの、両手を相澤の顔の横に着いている状態では、顔を見られないようにするのは難しい。

「で、出られるか試すか」

「は、はい」

同じように赤い顔を逸らしながら相澤は動けないでいる防人と位置を変わろうと体を動かす。

「体、触るけどちょっと我慢しろよ」

こくん、と頷いたのを確認してから、少し体を起こした彼は彼女を引き寄せる。これは狭いから仕方なくだと言い聞かせながら動かした相澤の手はお互いが予想しないところに触れた。

「ひゃあっ!?」

大きく体を震わせた彼女が目をきつく閉じる。恥ずかしさで真っ赤になっている彼女は我慢しているのか、小刻みに体を震わせながら手を突いた状態を維持していた。

「わ、わる、わ……!?」

 異常なほど狼狽えている相澤に薄っすらと開けた防人の目は恥ずかしさで潤んでいる。少し震えているのは彼女なのか自分なのか分からない。ただ、とんでもないところに触れたことが現実だったと相澤に信じさせるには十分だった。

 彼の手が触れた場所。それは彼女の臀部。所謂お尻だった。そこに手が触れただけなら防人もここまでの反応はしなかったのだろう。問題は触れ方だ。
 偶然、少し捲れていた防人のスカート。そこに相澤の手が滑るように入っていき、下着とその境の肌に直接触れてしまった。

 恥ずかしさでこれ以上ないほど真っ赤になっている防人に狼狽えながら相澤はもう一度口を開いた。

「ほ、本当に、悪かった。その、気持ち悪かった、だろ……」

悪気はないし、本当に偶然触れてしまったのだが、彼女にしてみれば痴漢に触られたのと変わらないだろう。申し訳なく思いながら、真っ赤な顔でこちらを見られないでいる彼に防人は首を振る。

「びっくりは、しました……。でも、嫌とかじゃなくて……」

 言葉を切った防人がじっと相澤の目を見つめる。まだ少し涙がある瞳で見つめられた彼は心臓の動きが早くなっていくのを感じずにいられなかった。

「相澤先輩になら、私はどこを触れられても嫌じゃありません……」

耐えられないほど恥ずかしいのか、防人は相澤から顔を逸らす。更に心臓の動きが早くなっていく。彼女とは付き合っているのだから触れ合うこともおかしなことではないのかもしれない。そんなことが頭を過って、相澤は慌てて戒めるように両手をぐっと握り締めた。

「この状況で変なこと、言うな……」

握り締めた手を開いて腕を目の上に置く。視界を閉じれば、少しだけ動悸が落ち着いて冷静になれる気がした。

「変じゃありません。好きな人に触れてほしいなんて、誰でも思うことでしょう?」

目を閉じて彼女の存在をやっと遠ざけたというのに、その一言で引き戻される。腕をずらして防人を見てみれば、彼女はやはり赤面していた。目を離すことができず見つめ合っていると、ふ、と防人の顔に悲しさが差した。

「……巻き込んで、ごめんなさい」

「こうなること、分かってたのか?」

 頷いた彼女の視線が彼から外れる。申し訳なさで小さくなっている防人の頭に向かって相澤は手を伸ばした。

「先、輩……?」

目を丸くさせた彼女がいつもしてくれているようにと、彼はどこかぎこちない手つきでなるべく優しく、そしてしっかりと頭を撫でる。

「お前となら巻き込まれたっていい。だから、何があったのか話してくれ」

見開かれた目にじわりと涙の膜が張っている。そんなに嫌な目にあったのかと心配している相澤に防人は赤らめた頬で微笑んだ。

「相澤先輩、大好きです。閉じ込められたのが先輩と一緒でよかった」

彼の頬にポタッと一滴(ひとしずく)落ちる。慌てて、相澤の頬に落ちたものと自分の目尻を拭った防人は誤魔化すように笑って見せた。

「ごめんなさい。凄く嬉しくなっちゃって……」

何度も目元を拭う彼女を彼は何も言わずに見つめる。小さく息を吸い込む音が聞こえた後、防人は言いにくそうに口を開いた。

「えっと、多分、嫉妬されたのかなって」

「嫉妬?」

困ったように苦笑いをする彼女にもっと詳しく説明しろと彼が目で訴える。その訴えを受けて防人はまた言いにくそうに相澤を見た。

「……この前、三年の先輩に告白されたんですけど」

明らかにムッとした彼に彼女は気まずそうに目を逸らす。しかし、刺さるような視線を感じて、そろそろと相澤の方へ目を戻した。

「で?」

「好きな人がいるのでとお断りしました」

"当たり前じゃないですか"と言って防人は困ったように眉を下げる。

「私がどれだけ相澤先輩のことが好きで、片想いしてきたか知ってるでしょう?」

それでもお前に言い寄る男がいることが嫌なんだ、とは言えず相澤は不満そうに下唇を突き出した。

「……話を戻しますね。それで、私に告白してくれた先輩は普通科でとても人気のある方だったらしくてファンクラブまであるらしいんです。それでそのファンクラブの方に睨まれてしまって」

話しぶりから、そのファンクラブの人間から嫌がらせじみたことを受けるのは初めてのことではないようだ。

「そろそろ何かしてくるんだろうと思っていたら、話があるからとここに呼び出されたんです。直接話してくれるのであれば、まだよかったんですが……」

目を逸らす彼女は本当に困っているようだ。口調の中には疲れの色があるように感じられた。

「こういうこと、何度もあるのか?」

「ええっと、まあ?」

あははといつもの誤魔化し笑いをする防人が心配をかけないようにしている。それを見抜けないわけはなく、彼は不満そうに顔を顰めた。

「……心配くらい、ちゃんとさせろ」

彼女が心配や迷惑をかけないようにと、どこか遠慮しているところが最近の相澤にとって不満で仕方のないことだった。それをなんとかその不満を口にしただけだったのだが、何故か防人は嬉しそうに頬を染める。

「本当に、ズルいなぁ」

 体を近づけてきた彼女が彼の首元の辺りに額を付ける。更に強く感じる防人の匂いにどぎまぎしている相澤は動けないでいた。

「私ばかり好きにさせる……」

まだくっついたままの彼女の頭へ恐る恐る手を伸ばす。先ほどよりも慣れた手つきで頭を撫でてやれば、防人が小さく嬉しそうな声を上げた。

「……体勢、キツいだろ」

動きかけた口からは結局違う言葉が出た。本当は、"俺の方がもうお前が思うより惚れてる"と言おうと思ったけれど、気恥ずかしさが強くて言えなかった。

「これでもヒーロー科なので大丈夫です」

ふふ、っとおかしそうに笑った防人の思っていることが分かる。自分の負担にならないように、ずっと突っ張っている腕を見てから相澤はわざと言葉を選ばなかった。

「別にお前の体重くらいなんともない」

「……今のはわざと言いましたね。私がムキになって口車に乗るように」

見事に言い当てられて押し黙る。なんでこんなにも簡単に見破られるようになってしまったのかと相澤は口を引き結びながら目を逸らした。
 顔を赤らめている彼を見て、彼女は少し体を起こす。そして、相澤の耳元に口を寄せた。

「可愛いですね、消太くんは」

鼓膜を刺激した彼女の声は、鼓膜を震わせるだけに留まらず頭の中と背筋を甘く痺れさせた。

「か、からかうな……!」

「本当にそう思ってますよ」

押さえている耳が熱いことから真っ赤になっていることを感じながら相澤は防人へ抗議の意味を込めた目を向ける。その目を真っ直ぐに受け止めた彼女は穏やかに顔を綻ばせた。

「学校でも、周りに人がいなくて二人きりのときは名前で呼んでもいいですか?」

「………」

 相澤としては人前で防人に名前を呼ばれるのが恥ずかしいだけだったが、彼女はそれを"公私のけじめ"として受けとっていた。お互いに名前で呼んでいるのを周りが知っていれば、もしかしたら自分たちの関係を察して今回のようなことにはならなかったのかもしれない。そんなことを考えている間に彼女の表情が不安げに曇った。

「……嫌ならいいんですけど」

「……好きにしていい」

彼の返事にまた嬉しそうな笑い声が控えめに聞こえる。こんな些細なことで喜ぶ防人の頭を撫でながら相澤は目を軽く閉じた。本当に欲がないと少し呆れるような、そこが彼女らしいと微笑ましい気持ちにさせられる。

「消太くん」

柔らかい声に呼ばれて目を開く。じぃっと見つめてくる黒い瞳には相澤の顔がしっかりと映り込んでいる。

「桜?」

 名前を呼び返せば、僅かに顔を傾けた防人の髪が揺れる。彼女の目にある自分だけに向けられる感情に気がつくと、また相澤の胸が少しずつ早く脈打ちだした。お互いの頬が染まっていく、気付けば二人の距離は鼻先が触れ合ってしまいそうなほど近づいている。

「………」

言葉なくお互いを見つめる。彼女の黒い目を見ていると無意識に顔を寄せたくなっていた。

「キス、してもいいですか?」

目元を赤らめながら訊いてきた防人に相澤は驚かずにいられなかった。初めて彼女の家に泊った日から何度もそれを繰り返しているが彼女からは一度もない。

「ダメ、ですか……?」

 ズルいと相澤は思う。彼女は意識していないだろうし、知りもしないだろうとも分かっている。自信がなさそうな目で防人に"ダメですか?"と訊かれれば、相澤は嫌だとは言えない。彼女が自分に望むもの、期待するもの、全部に応えてやりたいと頷いてしまう。
 伏し目がちになっていく防人の頬を撫でる。おもむろに自分の方を見た彼女の唇に、つい目が吸い寄せられた。

「ダメ、じゃない……」

染まった頬と目元が穏やかに緩む。思わず見入っていた相澤に防人の優しい微笑みが向けられた。
 音もなく近づいた彼女の口。もう触れるというところで一度止まり、そしてそのまま離れてしまった。

「ご、ごめんなさい……。やっぱり恥ずかしくて―――」

斜め下を向いた防人の横顔も赤い。恥ずかしさで戸惑っている彼女は限界を迎えた相澤に捕まった。
 彼女のものよりも大きな手に引き寄せられる。あっと、防人が思った瞬間に、二人の唇は重なっていた。一度で終わると思っていたそれは、離れることを許してくれない彼の手によって何度も繰り返される。

「消太、くん」

呼吸の為に離れた僅かな隙間で防人が呼んでも相澤は止めない。そのうちに彼女の体から力が抜け、彼の体の上に重なった。息を乱す防人の体を相澤はしっかりと抱きしめる。

「素直に乗っかってろ」

何もしていないのに震えている彼女の腕。この細い腕ではなかなか苦しい体勢だっただろうと彼は片手で彼女の頭を抱えるように抱きしめる。

「俺の前で無理すんなよ……」

「……うん」

きゅっと制服を握ってきた防人に小さな笑みが込み上げた。目を瞑り彼女の存在を感じていると、すっとその存在が遠ざかる。

「桜?」

 相澤の視界に入ってきた防人は少し緊張した面持ちだった。どうかしたのかと訊こうとした彼の口が彼女のそれによって塞がれる。一度大きく見開いた相澤の目は、頬が赤くなっていくのと同じペースで閉じられた。

 少しの間重なっていた唇がゆっくりと離れる。まだ鼻先が触れ合っている状態で防人は恥ずかしさをはぐらかすように笑って見せた。

「ついに奪っちゃいました。消太くんのここ」

話すたびに彼女の息が触れて彼の体が震える。煽られているようにも思えて、相澤の手はまた防人の首と頭の境へと回った。触れる寸前、確認するように彼女の目を見つめる。その意図に気づいたのか気づいていないのか、許すように防人の瞼が閉じたのを見てから相澤は口づけた。
 数度繰り返せば、すぐに彼女が息を上げることを彼は知っている。息をするために薄く防人の口が開くのを待っていた相澤は、その瞬間を見逃さず一気に深いものへと変えた。

「ん……」

鼻から抜けるくぐもった彼女の声。その甘さが興奮を煽る。初めて彼女の家に泊ったあの日にできなかったことをしたい。そんな思いが相澤の中に巡ったときだった。

 ガラリと教室のドアが開いた音。同時に反応した二人から熱が引いていった。

「防人さんっ! ここにいるのかい!?」

彼にとっては聞いたことのない男の声。しかし、彼女は違った。

「はい。ここにいます」

淡々と返事をした防人の声に男のどこか嬉し気なため息が聞こえた相澤は、この男が誰なのか察して不機嫌そうに眉間にしわを寄せて口を引き結ぶ。

 バタバタと大きな音を立てながら二人を覆うガラクタたちがどけられていく。そして、相澤と防人の頭上に教室の天井が見えるようになった。

「防人さん! 怖かったろう? ごめん、すぐに助けに来られなくて……」

「泣くほど怖かったんですけど大丈夫ですよ」

彼女の下から現れた彼に、男子生徒の口から"え?"と間の抜けた声が漏れる。にっこりと笑った防人は何でもないように続けた。

「ずっと守ってもらってましたから」

立ち上がった彼女の傍に立つ彼に向けられる男子生徒の目。それにはいつか椎名に向けられたものと同じものがあると相澤は確信する。

「先輩はどうしてこちらに?」

「え? あ、君に会いに行こうとしてて、それでその……」

もごもごとはっきりしない物言いに眉間のしわを深くした相澤は防人の手を取ってドアの前へ出た。

「これは個性を悪用した"犯罪"です。俺たちは先生に報告する義務がありますので、お先に失礼します」

「そ、そんな! 犯罪だなんておおげさだ! 彼女たちにそんなつもりはないんだ!」

慌てだす男子生徒の様子に彼の冷たい声が浴びせられた。

「好きなヤツがこんな目に遭っても、加害者側を庇うんですか?」

押し黙った相手にこの状況がどうして作られたのか理解した相澤が強く睨みつける。

「彼女のことは俺が見ています。だからもう二度と心配しなくて結構です」

"二度と"の部分を強調した彼は彼女の手を引く。歩き出す直前に防人は男子生徒を見て口を開いた。

「こんなことをしても人の心は動きません。だからもうこんなことをしないって約束してください。そうすれば、私も今日のことは他言しません」

男子生徒がハッとして上げた顔には期待が打ち砕かれた悲しさが見て取れた。今度こそ二人は閉じ込められていた教室を出る。相澤も防人も振り返ることはせず、結局男子生徒が追いかけてくることもなかった。

「甘いな……」

「ケガもしませんでしたし、今回は魔が差したことにしておきましょう」

 自分のことを甘いと言いつつ、彼の進む先は職員室ではない。そのことがおかしくて防人は小さく笑った。

「でも、忘れたわけじゃないですから何かあればしっかりと報告しますよ」

ポケットから出てきた彼女のケータイの画面には"録音完了!"と表示されている。その抜かりのなさに目を瞬いた相澤は、ふっと小さく笑った。

「それに」

 誰もいないことを確認するように周りを見てから彼女は嬉しさを抑えつつ小さな声で話す。

「誰もいないところでは消太くんって呼んでいいって許可も取れましたし、たくさん、その……」

赤面して視線を下げた防人の言いたいことに気づいた相澤の頬も熱を持つ。

「悪いことばかりでもなかったから、今回は様子を見てもいいかと……。むしろ、もうちょっとあのままでもよかったなぁ、なんて思ったりしてて」

「桜」

はっきりとした彼の声に、彼女はおずおずと顔を上げる。叱られるかもしれないと思った防人の予想は大きく外れた。

「……続き、してもいいか?」

 耳まで赤くしている彼と同じように染まっている放課後の校舎。真剣な眼差しに魅せられた防人は瞬きも忘れて相澤に見入っていた。彼が好きだと強く思うと、幸福感に似た何かが胸から込み上げてきて彼女はとても柔らかな表情になる。向けられるその優しい視線が気恥ずかしくて相澤は俯きがちに顔を逸らした。

「ご飯、食べていきませんか?」

泊っていってもいいですよ、と言う彼女に彼は頷く。どことなく感じる恥ずかしさに下げていた顔を上げたのは同時だった。同じように赤くなっていることがなんだかおかしくて微笑み合うと、二人は夕飯について話し出した。

 そして、その夜。防人は香山からもらったアレが食べ物ではないことと、それの使い方、それにまだ誰も知らない相澤を知るのだった。
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