メモ書きのラブレター
「相澤先輩!」
廊下で偶然、相澤を見つけた防人が、とても嬉しそうに表情を緩める。対照的に相澤は、駆け寄ってきた彼女に少し渋そうな顔をした。
「防人……」
あの日から防人は学校のある日は毎日、相澤に会いに来ている。それが嫌なわけではない。かといって嬉しいわけでもないが、今日はタイミングが悪いと思った。
にこにこと笑っている防人と違い、ここまで一緒に歩いてきた隣はニヤニヤと何か言いたげに面白そうな顔をしている。
「山田先輩もこんにちは」
「YO! 今日も相澤に用事かぁ?」
律儀に山田にも視線を向けた防人は、何でもないように頷く。
「ええ、そうなんです」
毎日会いに来ては"好きだ"と言ってくる防人は、決して人前で好きだとは口にしない。それは本気ではないからなのか、自分のことを考えてくれているからなのか、まだ相澤には判断ができなかった。
ちらりと寄こしてきた視線。その視線の方へ目を向けると、彼女の上目が僅かに細められる。この顔を長く見ていると顔が熱くなってくるのが分かっているので、相澤は早々に顔を逸らした。
「相澤先輩」
差し出された紙を反射的に受け取ってしまう。小さな紙はメモ帳の一枚だったようだ。
「すみません、今日は私、時間がなくて。だから伝えたいことはそこに書いておきました」
それじゃあ、と小さく手を振った防人が、スカートを翻して小走りで廊下の奥へと消えて行った。
彼女の背中を見送ってから渡された紙に目を落とす。大体の内容は想像がつく為に照れくささを覚えてしまう。
「ホーント、なんであの"防人桜"が相澤のところに態々来るんだ?」
「……さあな」
一応、理由は本人の口から聞いている。しかし、それを山田に教えてやる気にはならない。どうしてあの"防人桜"が。それは相澤自身何度も考えたことだ。
防人桜は、その容姿の良さから有名だった。黒い髪に白い肌。洗練された仕草は淑やかで彼女の清楚さをより引き立てる。
「にしても、全然印象が変わるな。もっと大人しいタイプかと思ってたぜ」
確かに見た目と違い、防人はとても気さくで少し強引で。しかし、不思議と悪い印象を抱かせない。
「昼、行くぞ。時間が勿体ない」
話を切り上げて、先に歩き出せば山田は当たり前のように後をついてくる。見られたくなくてポケットに入れた先ほどのメモの内容がどうしてか気になってきて、相澤の足は無意識のうちに早足になっていた。
***
一日の授業を終えた帰り道。夕暮れに一人で歩く道は人通りも、車の通りもなく酷く静かだ。結局、昼休みは一人になれなかったせいで防人からのメモを開くことはできなかった。メモの存在を思い出すと、一歩、足を動かすたびに気になって仕方がない。
観念するように足を止めて、ポケットの中に入れておいたそれを開く。カサっと紙の擦れる小さな音をたてたメモへ視線を落とす。彼女の趣味なのか、黒猫のイラストが描かれたそれはとても可愛らしく、猫好きな彼の心をくすぐった。
『今日は登校してくる相澤先輩を教室から見つけました。相澤先輩が好きです。このメモ帳を見ると先輩を思い出します』
彼女らしい整った文字で書かれたメモ。見られていたことなんて、もちろん気づかなかった。ただ、防人が探して見つけてくれたことだけは分かるので、こそばゆく感じてしまう。
メモを丁寧に折りたたむ。折り紙のようにズレなく畳まれた跡は、彼女が気持ちを込めてくれたからなのだろうか。
吹き付けてきた風に顔を上げる。夕暮れで人恋しくでもなったのか、防人の声が聞きたいような気持になった。
-3-廊下で偶然、相澤を見つけた防人が、とても嬉しそうに表情を緩める。対照的に相澤は、駆け寄ってきた彼女に少し渋そうな顔をした。
「防人……」
あの日から防人は学校のある日は毎日、相澤に会いに来ている。それが嫌なわけではない。かといって嬉しいわけでもないが、今日はタイミングが悪いと思った。
にこにこと笑っている防人と違い、ここまで一緒に歩いてきた隣はニヤニヤと何か言いたげに面白そうな顔をしている。
「山田先輩もこんにちは」
「YO! 今日も相澤に用事かぁ?」
律儀に山田にも視線を向けた防人は、何でもないように頷く。
「ええ、そうなんです」
毎日会いに来ては"好きだ"と言ってくる防人は、決して人前で好きだとは口にしない。それは本気ではないからなのか、自分のことを考えてくれているからなのか、まだ相澤には判断ができなかった。
ちらりと寄こしてきた視線。その視線の方へ目を向けると、彼女の上目が僅かに細められる。この顔を長く見ていると顔が熱くなってくるのが分かっているので、相澤は早々に顔を逸らした。
「相澤先輩」
差し出された紙を反射的に受け取ってしまう。小さな紙はメモ帳の一枚だったようだ。
「すみません、今日は私、時間がなくて。だから伝えたいことはそこに書いておきました」
それじゃあ、と小さく手を振った防人が、スカートを翻して小走りで廊下の奥へと消えて行った。
彼女の背中を見送ってから渡された紙に目を落とす。大体の内容は想像がつく為に照れくささを覚えてしまう。
「ホーント、なんであの"防人桜"が相澤のところに態々来るんだ?」
「……さあな」
一応、理由は本人の口から聞いている。しかし、それを山田に教えてやる気にはならない。どうしてあの"防人桜"が。それは相澤自身何度も考えたことだ。
防人桜は、その容姿の良さから有名だった。黒い髪に白い肌。洗練された仕草は淑やかで彼女の清楚さをより引き立てる。
「にしても、全然印象が変わるな。もっと大人しいタイプかと思ってたぜ」
確かに見た目と違い、防人はとても気さくで少し強引で。しかし、不思議と悪い印象を抱かせない。
「昼、行くぞ。時間が勿体ない」
話を切り上げて、先に歩き出せば山田は当たり前のように後をついてくる。見られたくなくてポケットに入れた先ほどのメモの内容がどうしてか気になってきて、相澤の足は無意識のうちに早足になっていた。
***
一日の授業を終えた帰り道。夕暮れに一人で歩く道は人通りも、車の通りもなく酷く静かだ。結局、昼休みは一人になれなかったせいで防人からのメモを開くことはできなかった。メモの存在を思い出すと、一歩、足を動かすたびに気になって仕方がない。
観念するように足を止めて、ポケットの中に入れておいたそれを開く。カサっと紙の擦れる小さな音をたてたメモへ視線を落とす。彼女の趣味なのか、黒猫のイラストが描かれたそれはとても可愛らしく、猫好きな彼の心をくすぐった。
『今日は登校してくる相澤先輩を教室から見つけました。相澤先輩が好きです。このメモ帳を見ると先輩を思い出します』
彼女らしい整った文字で書かれたメモ。見られていたことなんて、もちろん気づかなかった。ただ、防人が探して見つけてくれたことだけは分かるので、こそばゆく感じてしまう。
メモを丁寧に折りたたむ。折り紙のようにズレなく畳まれた跡は、彼女が気持ちを込めてくれたからなのだろうか。
吹き付けてきた風に顔を上げる。夕暮れで人恋しくでもなったのか、防人の声が聞きたいような気持になった。
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