多く欲しいもの

 先日取り押さえた(ヴィラン)について警察に呼ばれた帰り。防人は外していたフードを深くかぶり直して、さっさと仕事に戻ろうと急いでいた。

「YO! 久しぶりだな!!」

 かけられた声に懐かしさを感じて振り返る。立っていたのは逆立った髪が特徴的なプレゼントマイクだった。

「ご無沙汰しています。お変わりないようで何よりです」

僅かに微笑んだ防人の雰囲気は、プレゼントマイクこと山田が雄英に在籍していたときとどことなく変わったように思える。

「そっちはスゲー人気だな。"眉目秀麗"な念力ヒーローって」

「容姿を褒められても仕方ありませんよ」

視線を斜め下へと逃がした彼女からは悔しさのようなものが感じられた。当初、世間の注目は彼女の能力の高さに集まっていたが、最近はその容姿についてにばかりが話題に上がっている。
 先日の災害救助で防人が助けた女子高生の一人が、彼女の姿を写真に撮りネット上に流した。俯き加減の横顔で目元が映っていないが、防人の雰囲気や整った容姿であることが分かる写真に世間は大騒ぎした。
 特殊な事情がない限りヒーローという職業において人気はあって損はない。しかし、彼女にとってはそうではないようだ。ヒーローとしての実力を認められていないと感じているように見える。

「……なあ、お前、ちょっと働きすぎじゃねぇ?」

「いえ、私は未熟者ですから、仕事を多く回してもらえるのはありがたいです」

何でもないような口ぶりの彼女に山田は眉を顰める。

「それにしたってよォ。お前今月何件挙げた? まだ今月始まって三日だってのにこの件数って……」

HN(ヒーローネットワーク)で防人の活動を確認していた山田は心配と呆れの混ざった視線を向ける。誰の目から見ても彼女の働き方もそれを許す事務所も異常だ。

「動かないと得られないものじゃないですか。経験って」

 視線を流した防人から表情が読み取れない。無表情のような、そうでない顔に山田は正体のはっきりとしない危機感を覚えた。

「私は他人(ひと)よりも多くそれが欲しいだけです。」

"失礼します"と会釈と共に通り過ぎて行った背中を追いかけるように彼は声をかける。

「あんま無茶ばっかすんなよ! 困ったらいつでも来い!!」

 本当に心配してくれているのを感じた彼女は山田に小さく振り返ると、困ったような笑みを見せてまた会釈した。そして、そのまま警察署を出て行く。

(アイツならちゃんと防人を止めてやれるのに……)

深いため息をこぼして、山田も呼び出された警察関係者の元へ足を進める。学生の頃と違って、大人になってしまった自分たち。それ故に、関係の修復は難しく、何もしてやれることがない。どっちも世話がかかると思いながら、またため息を吐き出した。

***

 オフィスが並ぶ通りを抜け、人目を避けるようにポツンと立っている雑居ビルの二階。そこが防人の所属する事務所だった。深夜に近いこの時間、真っ暗な室内には誰もいない。そもそも、ここに定時を過ぎて人がいるところを見たことがない。しかし、彼女にとって、それはどうでもいいことだった。

 仮眠室に備え付けられているシャワー室で汗を流す。それがこの生活の中で唯一、心が休まる時間。熱いシャワーを浴びながら、防人は今日、警察署で会った山田のことを思い出していた。
 彼に心配をかけているのはよく分かっている。なんだかんだ山田もまた面倒見がいい。それでも今はもっと実力をつけて、一日でも早く追い付きたい気持ちが強くてもがいてしまう。

 俯いて排水溝へと流れていくお湯を見つめる。ザアザアと流れていく音が雨のように聞こえて、防人は僅かに眉を顰めた。
キュッと音をさせてシャワーを止める。体をサッと拭いてケータイを確認すると、明日から東北へ行くようにと指示が来ていた。指示された時間を考えると、今から向かい始めなければ間に合わない。
 濡れた髪をざっと拭いて、防人は移動の準備を始める。ヒーローコスチュームと装備の確認をすると、そのまま事務所を出て行った。

***

 本日最終の新幹線の時間に何とか間に合い、防人はほっとしながら座席に腰を下ろす。事務所のデスクに山積みになっていた書類をまとめながら発車を待っていれば、自分の座席の前で誰かが足を止めた。視線に気づいて顔を上げれば、懐かしい顔がそこにあった。

「防人、さん」

「椎名くん」

 立ち尽くしている彼は半年前と変わった様子はない。驚いているのか、まったく動かないでいる彼に、防人は苦笑いを見せた。

「お疲れ様です。そちらも移動ですか?」

「え、ああ、うん。まあ、そうなんだ」

 "大変ですね"と気遣う彼女に椎名は口元を覆う。こうして偶然会えたことが嬉しくて言葉にならない。手の下で緩み切っていた口を引き締めると、決意を込めて防人を見る。

「あの、よければ隣、いいかな?」

「大丈夫ですよ」

隣に座ると、彼女の腕と軽く触れ合った。勝手に嬉しさでドキドキしている彼とは違い、防人の視線は手元の書類へと向けられている。

「大活躍だね。移動中も仕事?」

「お陰様で」

また苦笑いを見せた彼女はさりげなく書類を片付けた。自分と話す為に片付けてくれたのかと思っていた椎名は、彼女が口を開かずに窓の外へ視線を向けていることに寂しさを感じた。

「……こうして並んで座ると学生の頃を思い出さない?」

「そういえば、そうですね。少し懐かしいです」

 そう答えた彼女の目は椎名に向けられているのに、こことは違う遠くを見ている。どこか悲しそうな寂しそうな目には自分が映っていない。きっと、あの彼を見ているのだと直感した椎名は、歯噛みする思いでなんでもない顔をする。

「ねえ、防人さん、今も―――」

 椎名の声は新幹線がトンネルに入った音にかき消された。

「え?」

「あ、いや……」

何でもないと黙った椎名は頭を掻きながら進行方向へ顔を逸らす。防人は一度目を伏せてから窓へ顔を向ける。真っ暗なトンネルを走る新幹線の窓は鏡のように彼女と椎名を映す。
 本当に声は聞こえなかったけれど、口の動きで彼がなんと言っていたのか防人は分かっていた。

"相澤先輩が好きなの?"

目を閉じる。瞼の裏にいる相澤の姿は学生の頃のまま。プロになってからの彼は防人にとって遠い存在だった。早く追い付きたい。追い付いて、相澤にもう守られなくても大丈夫だと認められたい。

(……もう好きじゃない)

 ガタン!と大きく音をさせて新幹線がトンネルから抜け出すタイミングで防人は口を動かした。

「防人さん、何か言った?」

「いいえ……」

穏やかに彼女は目を細めているというのに、その表情はとても寂しそうに見えた。
 それきり、椎名と彼女の間に会話は無くなる。何度か話しかけようと試みていた彼だが、目を閉じたまま静かにしている防人の雰囲気に拒絶されているような気がして、結局諦めた。

 暗い中を走行する新幹線の中で眠る彼女の頬に涙が一筋流れる。夢の中にも出てきてくれない彼に会いたくて、寂しさは日に日に募っていた。

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