「好きです」

 その声はどこまでも凛としていた。聞き間違いかと固まる彼に、彼女はもう一度ゆっくりと聞き取れる速さで同じ言葉を口にする。

「相澤先輩が好きです」

 うんともすんとも言わない相澤へそう告げた彼女の顔色に恥じらいも照れもない。はあ、と困惑のため息が相澤から漏れた。

「……なんの罰ゲームだ?」

そうでなければ、これまで話したことのない自分を人気の少ない校舎裏に呼び込んで、こんなことを言ってくるわけはない。普通に考えてそうだ。なにせ目の前の彼女、防人桜は有名だ。噂に疎い相澤でさえ知っている。そんな彼女が、自分のようなパッとしない奴に告白してくる理由なんかどこを探したって見つからなかった。

「罰ゲーム?」

 こてん、と不思議そうに首を傾げた防人に相澤は困って結んでいた唇を解く。

「だって、そうだろう? 他に理由なんか……」

ああ、と防人は目を伏せる。長いまつ毛の影が頬の上に落ちた。

「信じてもらえなかったんですね」

困ったとばかりに苦く笑う顔は、少しだけ悲しさが混じっているようにも見えて相澤に罪悪感を抱かせる。

「そうですね……」

考え込む防人と相澤の間を爽やかな風が通り過ぎていく。長い髪を風に揺らしながら彼女はゆっくりと目を開けた。ただそれだけの事なのに、驚くほど惹きつけられる。

「それじゃあ、毎日言いに行きます」

「は?」

 ぽん、と手を打った防人は先ほどの悲しそうな表情はなんだったのかと思わせるほど明るい表情をして相澤の前に一歩出る。

「相澤先輩は私が言っていることが本当だって分かるようになりますし、私は毎日相澤先輩に会いに行く理由ができます」

「いや、それはお前にしかメリットがないだろう」

お互いに得があるような言い方をしているが、相澤にとって彼女が本当に自分を想っているかどうかは重要ではない。

「あはは、バレちゃいました。本当は相澤先輩に理由がなくても会いに行ける口実が欲しかったんです」

「なんでそこまで……」

告白を受け入れないどころか信用しないような自分に落胆してもおかしくないだろうに、と相澤は困惑半分で防人を見る。自信のないような、疑う視線を向けられた防人は、嬉しそうに目を細めた。

「信じてほしいだけです。私が相澤先輩を好きってことを」

 意外に思ったのか相澤は目を丸くさせて固まっている。今は信じてもらえなくても、彼に自分の存在を認識してもらったこと、その目に映ることができたことで胸ががいっぱいだった。

「あ、名乗り忘れていました。1Aの防人桜です」

「……知ってる」

 一方的に知っていたことを気まずく思いながらも本当のことを言えば、防人は一度目を見開いた後、柔らかに微笑んだ。

「嬉しいです」

そんなことを言われてなんと返せばいいのか分からずに相澤は視線を逸らす。まだ防人の言っていることを信じたわけではないのに、本当に嬉しそうに微笑んだものだから柄にもなく照れてしまった。

「相澤先輩」

 さあ、っと音を立てた風に花の香りが届けられる。微かな香りのせいか、ありもしないはずの花びらが彼女の周りにあるように見えた。

「明日も会いに行きますね」

「……会えるかどうかなんて―――」

つい口から飛び出した否定的な言葉に重なるように防人はくすりと笑う。

「―――会えます。会いたいって思ってますから」

自分とは違う前向きな言葉。その自信はどこから来るんだと思いながらも、彼女の言葉にはそれを実現させようとする力があるようにも思えた。

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