いつだって本気です

 彼女は、防人桜は俺の何を知っていて、どこが好きだというのだろうか。向けられた好意は嬉しく思うが、この一番の疑問が彼女の気持ちを信用できない理由になっている。日に日に深まる疑問に、今日こそはと思っていても穏やかな目をする防人にその言葉を口にする機会を失っていた。

「好きです」

 昨日まで降っていた雨は止み、よく晴れている。明るい陽の光の下で、いつも通り彼女の率直な告白を聞いた。

「……俺なんかの―――」

「なんかじゃありません」

 相澤が少しでも卑下するような発言をすると防人は、すぐさま反応してムスッとする。そして、必ず困ったような笑みを見せるのだ。

「相澤先輩は自分のことを褒めたりしなさそうですもんね」

少し考えるような仕草のあと、ちらりと目だけで相澤を見上げた。

「先輩、先輩」

ちょいちょい、と手招きをする彼女が何をする気なのか分からない。しかめっ面でいれば、防人は、ふうっと困って息を吐きだして手招きするのを一度辞める。

「いきなりキスしたりなんてしませんから安心してください」

「なっ!?」

一気に真っ赤になった相澤が反射的に自分の口元を腕で隠す。

「だからしませんって」

くつくつと笑う彼女に、さらに相澤は赤くなっていく。自分だけが意識させられたこの状況が恥ずかしさを煽った。

「相澤先輩、少し屈んでください」

「……」

拒否してもいいはずなのに、どうしてかできなくて相澤はゆるゆるとした動きで彼女の指示通りに屈んだ。
 ふ、っと柔らかに微笑んだ防人の手が真っ直ぐに相澤の顔に向かって伸ばされる。びくり、として体を強張らせた彼に構わず、細い指先が触れた。

「……おい」

「なんですか?」

 よしよしと相澤の頭を撫でる手。少し体温の低い手の撫で方が強くもなく優しすぎもせず、ちょうどいい。不覚にも心地いいと思わされて相澤の目元の赤みは引かなかった。

「……今日も実技訓練、頑張ってましたね」

「……ガキ扱いするな」

口ではそう言いつつも、その手を払う気にはまったくならない。初めて会ったときからかもしれないが、防人には振り回されっぱなしだ。面白くはない。が、彼女の持つ雰囲気のせいか相澤が嫌な気持ちになったことはなかった。

「相澤先輩が自分を褒めないから、私が代わりに褒めてるだけですよ」

押し黙る相澤に、くすりと一つ笑って防人の手が離れていく。

「いつでも相澤先輩を褒められる立場になりたいものです」

「頭を撫でるのがそうだっていうのか?」

馬鹿馬鹿しいと言外ににおわせる彼に彼女は目を瞬かせると、またその指先を相澤へと伸ばす。体を退こうとした相澤よりも早く、防人の指が彼の頬に触れた。

「じゃあ、キスの方がご褒美になりましたか?」

寄せられた体からは防人の香りがする。くらりとくる匂いは、とてもいい香りだった。

「ち、か……」

近い。近すぎる。本当にこのまま唇が重なるんじゃないか。見開いたままだった目を固く瞑ったとき、相澤の唇にそれが触れた。

「だから、しませんって」

くすくすとおかしそうに笑っている防人の体が離れても、唇の感触は消えない。恐る恐る目を開けると、まだ彼女の細い指が相澤の唇を押さえてた。
 肩を揺らして笑い始めた防人の指が離れて、顔だけでなく頭の中まで熱くなっているのを自覚した。

「お前、俺をからってそんなに面白いか?」

 なんでこんなことが平気でできる? こいつは俺をからかう為に好きだと言ってるだけなんじゃないのか? そんな考えが相澤の頭を巡ると、強い感情が湧き上がった。

「本気じゃないのに、よくそんなことができるな」

防人の気持ちは本気じゃない。どうしてかそのことが胸が痛くする。どんな男にもこんな事をするのかと思うと、軽蔑の目を向けずにはいられなくなった。
 彼女の目が、相澤の目を見つめる。目を伏せたかと思えば、ゆっくりとした動きで相澤の唇を押さえていた指を自分の口へ押し当てた。防人の整った容姿のせいか、とても神聖な儀式のようなそれから瞬きすらできない。たった数秒のことだったが、実際の時間よりもずっと長く感じた。

「……本気ですよ。いつだって」

防人の緩められた目元がほんのりと赤い。彼女の頬の赤さが相澤の胸の痛みを消していった。

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