雪解け(未来編) | ナノ
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 未来嚥下(03)


「日番谷隊長」
「何だ?」

少し緊張しているのが伝わったのか、彼が湯呑みを置いて此方に向き直る。

「…お立ちいただいても、宜しいですか」
「…ああ」

よく分からないと言うような顔をしたまま彼が立ち上がって、私も同じように立つ。
当然のように同じ高さから見返される瞳に、また胸がとくんとなる。

「目を、閉じていただけませんか」
「?…分かった」

訳の分からない注文にも、彼は頷き目を閉じてくれた。

「………」

まずは、横に並んで立ってみる。
肩の位置、腰の位置、殆ど同じところにあって、けれど骨は彼の方がしっかりしていて、肩幅もある。
横を向けばすぐそこに彼の顔があって、最近では当たり前になった位置。
今度は向き合い、頭に触れてみる。
私よりも僅かに色素が濃い銀色は、柔らかいけれど以前よりも少し太く、こしがある。
天辺から平行に掌を自分の頭に持ってくると、本当に同じで、分かっていたことなのにも関わらず少し驚く。
頬に触れると、彼の瞼がぴくりと動いた。
子供らしく少しふっくらしていた頬は平くなり、鼻筋はすっと通って、顔立ちも少しずつ大人びてきている。
肩に触れ、そっと抱き寄せると、彼が小さく息を呑んだ。
華奢だけれど、初めて会った時より随分大きくなった。
私が見下ろすことも、彼が背伸びをすることもなく、ぴったりと収まるその身体。
心地良くて、愛おしくて、涙が溢れそうになって、それに気が付いた彼が、

「周?」

と心配そうに呼ぶ。

「…すみません」
「どうした?」

彼の身体を抱いたまま、どう説明したら良いのか分からなくて、少し言葉に詰まる。

「少し――切なくなってしまいました」
「?」
「…今、この時の貴方には、今しか会えないから。貴方はどんどん成長していって、今の貴方には二度と会えなくなる。それが、少し寂しいと思ってしまいました」

彼はこれからも成長し続ける。
それが当然で、自然なことだ。
彼と身長が同じになったことを知って、急に湧き上がったその気持ち。
今、この時の彼には、今しか会えない。
今の彼にもう二度と会えなくなると思うと、とても寂しくなった。
それはこれまでも同じだったし、これからもそうなのだけれど、今、私に届いた彼が行ってしまうのが何故か急に寂しくて。
言葉では上手く現すことが出来ないこの気持ちは、一体何なのだろう。

「すみません、おかしなことを言って……」

少し身体を離して謝れば、縁側から入る風が私と彼の間を通り抜けて、更に胸を締め付けるようだった。

「気持ちは少し分かる」

その言葉に少し驚いていると、彼の手が私の髪を撫で、肩を撫でる。

「成長して身体が大きくなるにつれて、周が小さく感じるんだ」

懐かしむように少し目を細めながら、彼は言った。

「お前を小さく感じる度、俺は成長したのだと実感する。そしてその度、お前を護りたいと改めて思う」

彼がそんなことを思っていたなんて。
緩い風が、彼の額の銀髪を揺らす。
その下の翡翠色がどこか切なげに見えて、胸がきゅっとなる。

「同時に少し寂しくなる。ずっと覚えていたい感触も、感覚も、成長するにつれて忘れてしまいそうで」

彼が成長していくのは嬉しい。
ずっと傍で見ていたい。
どんどん大きく、強くなっていく彼は、逞しくて、眩しくて。
瞬きをした次の瞬間には、また違う彼になっているような気さえする。
留めておきたいなんて思わない。
けれどせめて、忘れたくない。
ずっと、覚えておきたい。

「覚えておく」

伏せていた視線を少し上げると、彼の優しい瞳があった。
全てをずっと覚えておくことは無理がある。
けれど、それでも。
彼がそう言うのなら、それだけで良い。

「はい」

頷くと、彼が柔らかく微笑む。

「俺が成長するのを、周に見ていて欲しい」

苦しかった胸が熱くなる。
込み上げる熱が、瞳から溢れそうになる。

「一番、お傍で見ています」

誰よりも近くで、片時も目を離さずに、ずっと。

「…隊長、」
「?」
「成長が止まってからも、お傍で見ていても宜しいでしょうか」

私の問いに、彼は力の抜けたように笑う。
くしゃりと私の頭を混ぜるように撫でると、

「当たり前だ。ずっとだ」
「約束――ですか?」

その言葉に、彼が翡翠色を見開くと、それから少し細める。

「ああ、約束だ」

彼の指が前髪を避けて、額に優しく唇が押し当てられる。
まるで約束の印のように。

例え約束がなくても、あの雨の日のことを昨日のことように覚えているように、今日のことも、同じように覚えている。
けれど、約束が果たされた今日は、この言葉を使いたくなった。
彼も同じだと嬉しい。

「――、」

彼にも同じように印をつけるべく、その額に唇を寄せた。



未来嚥下




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