「できました」
「うーす」
問題集を解き終わり、つまんなそうに頬杖をつき遠くを眺めていた家庭教師にそれを渡す。赤ペンの蓋の開く音を聞きながら、少し氷の溶けた麦茶を口にした。
俺に家庭教師がついたのは一週間程前のこと。家庭教師なんていなくても常に人事を尽くしてる俺には問題ないはずなのだが、俺は高校三年生、つまり受験生という立場から両親が家庭教師を付けたのだ。
「はい、また満点」
「…ありがとうございます」
片手でばさり、と少しばかり雑に問題集を俺の前に置くあたりでこの人はあまり几帳面な性格ではないな、と思う。
俺が知ってる家庭教師の情報はこの程度で、あとは名前と大学生ってことだけだ。お互い必要最低限のことしか話さない。だからといってそれに支障を感じたことなどないのでこれからもこの平行線の様な交わる事のない関係が続くのだろう。
また次のページの問題を解こうとした時だ。ふいに家庭教師が俺を見た。
「ずっと思ってたんだけどさ」
「なんですか?」
「お前のそれ、なに」
それ、と指差される先にあるのは今日のラッキーアイテム犬の置物。
おは朝のラッキーアイテムです、と当然のように答えればそいつは吹き出した。何が可笑しいのだろうか。
それより初めて見る笑った顔。いつもの面倒そうな顔しか知らない俺はじっとそれを見る。そもそもこんなに家庭教師を見たのは初めてかもしれない。
整った顔、ワックスで少しだけ遊ばれた毛先、これは女にモテるだろう、とぼんやり思った。
「それ玄関に置く物じゃねぇの?」
「玄関に置いたらラッキーアイテムの意味がないでしょう」
「お前ってすっげー変な奴だな」
「なっ…!失礼なのだよ!」
「なのだよ!」
また笑い出した家庭教師にいい加減苛立ちすら覚えてきた。
この犬の置物でまだ笑っている家庭教師をぶん殴ってやろうかと思ったが、ラッキーアイテムを乱暴には扱えん。
ギリ、と睨みつけることぐらいしか出来なかった。
「んだよ、何睨んでんだよ轢くぞ」
「睨みたくもなるのだよ」
「敬語はどこいった、敬語は」
「家庭教師の分際で何を偉そ、」
「み、や、じ、さん、だろ?家庭教師じゃなくて」
笑顔なのにその声は低く、思わず身体が強張った。
俺は今日だけでまた一つこの家庭教師についてわかった事がある。
口も悪けりゃ性格も更に悪いうえ、俺との相性は最悪と呼べるだろう。
そんな事など知りたくもなかったし、これからもこいつが俺の家庭教師なのかと思うと頭が痛い。
「…宮地さん」
満足そうに笑った目の前の男を、やはりさっき犬の置物で殴ればよかったと後悔したのだった。
2012/10.01
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