「あーあ、あいつマジで死ねばいいのに」 はあー、と深くため息を吐いて唇を袖でゴシゴシと拭く。 これであいつとキスした事実が帳消しになりゃいいんだけどそうはいかない。 あのあとあたしはクソ男に舌を捩込まれて押し倒された。スカーフを外され、セーラー服を捲り上げられて、まあ簡単に言えば犯されそうになったのだ。なのに不思議と危機感は感じず、唾を奴にかけてやるほど余裕があったくらい。 てっきり殴られるか無理矢理捩込まれるかと思ったけど予想は外れ、クソ男は口角を上げた。うわあなにこいつうぜえ死ねよ、と少し苛立った。 さあ、続きをはじめようと奴がした時、ナイスなタイミングで授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。だからその音に気を取られた奴に出来た隙をあたしは見逃さず思いっきり右ストレート、それだけじゃ物足りず思いっきり奴の股間を蹴りあげた。別に奴のブツが使い物にならなくなろうともあたしには関係ないし。それよりたった数時間でこいつに感じたイライラを解消するほうが何よりも重要だった。 声にならない程の痛みなのか、うずくまって震えるそいつ。そんなのお構いなしに髪を掴み無理矢理こちらを向かせると涙目の視線とかちあった。 お前みたいな人間のクズが生きてたら邪魔になるだけだからさっさと死ねばゴミクズ。 なんて言ってやれば、俺がゴミクズならお前はそれ以下だな、だって。ただでさえ笑える台詞なのに涙目で言うからもっと笑えた。 そいつを窓まで連れて落としてやってもよかったんだけど、廊下から聞こえた耳障りな笑い声。それはクラスのゴミ共が校庭から帰って来た事を告げる。舌打ちを一つして、あたしは教室を出た。で、特にやる事もなく今は屋上のフェンスに寄り掛かりのんびりしてる訳だ。 「本当うぜえ」 「今日はずいぶんイライラしてるみたいだな」 声がする方にチラリと視線を向ければ見慣れた天パの姿。そいつはあたしの隣に腰を下ろし、同じ様にフェンスに寄り掛かった。 カチリ、と音がしてからツン、と鼻をつく密かなメンソールの香り。煙たくて睨みつけると今日は本当に機嫌悪ィのな、と楽しそうな声。あたしは全然楽しくない。 「銀八あのさ、黒髪のさ切れ目で瞳孔開きっぱの奴分かる?」 「あぁ、お前のクラスの奴だろ?」 「名前、なに」 「お前さー、クラスの奴の名前くらい覚えろよ!」 「いいから教えろよ」 「土方十四郎、だよ。お前本当口悪いよなー」 土方十四郎か、聞いたことあるような無いような、まあどうでもいいや。 のんびり欠伸をするあたしを銀八はじっと見つめる。あんまり見つめられるのはいい気分とは呼べない。 何、と問い掛ければ別にー、とひどくイラつく返事が返ってくる。だったらこっち見んなよ、と舌打ちをすれば銀八は不機嫌そうに口を開いた。 「お前が俺以外のやろーの話すんの珍しいからよ」 「なに?嫉妬?男の嫉妬ほど醜いモンはないよ、気持ちわりー」 「だってお前は俺のモンだろ?」 意味わかんない事言わないで、と思った事を声にする前に塞がれる唇。ああ、もう。なんでこいつは顔を見せる度に発情すんだか。本当馬鹿ばっか。 生徒に手を出していいんですかセンセー。 好きだし付き合ってるからいいのー。 あたし知ってるんですよ、センセーがB組の里美ちゃんにも手を出してる事くらい。 すると銀八は目に見て分かるくらいに不機嫌になった。萎えるような事言うんじゃねえよ、と口にしてから舌を突っ込まれる。 あたし、結構先生が好きなのに、なんて事は絶対言ってやらない。言うだけ無駄だし、虚しくなるだけだし、そんなん馬鹿がする事だし。 スカートの中に入れられた手を強く掴む。眉を寄せる銀八なんて知ったこっちゃない。 「今日は里美ちゃんに相手してもらえば?」 よくある恋愛ドラマや小説ならここで胸が締め付けられてとか、涙目で、とかいろいろあるんだろうけど、あたしは驚くほどに無感情だった。 何にも感じないし、むしろ本当に他の女に相手してもらえと思うくらいだ。 お前がいいの、なんてくっだらない台詞を吐く奴にやんわり平手打ちをする。 「そういう台詞はあたしじゃない他の娘に言った方が喜ばれるよ」 「俺、そういう事お前にしか言ってないんだけど」 「だったら尚更、さっさとどいてよ」 酷ェ女、と呟いて銀八はあたしの上から退いた。 また今度ね、なんていつになるか分からない不確かな事を言い放って屋上を出た。次の授業はもうとっくに始まってる。家に帰るのも嫌だし、教室に戻るのも嫌だ。あ、そうだ。銀八に国語準備室の鍵を借りよう。あそこでのんびり昼寝も悪くない。 そうと決まればあたしは先ほど出て行ったばかりの屋上の扉をまた開いた。 性悪女 (俺のお誘いを断ったばかりなのに、のうのうと準備室の鍵貸せと言うこの女の何処に俺は心底惚れたんだか) 2011/0908 ← |