初動 | ナノ




初動




なんで今まで気づかなかったんだ。
しばらく駅で絶望していた俺は悔しいやら何やらで、ぼろぼろ零れる涙を無視していた。
あいつと連絡さえ出来れば、なんて思った時調度ポケットに入れていた携帯の存在を思い出したのだ。
なんだか希望が沸いてくる感覚を得た気がした。だから急いでアドレス帳から彼女の名前を探し電話をかけた。
今3コール目が過ぎようとしている。当たり前だけど彼女がその電話に出るはずが無い事ぐらい少し考えれば分かる事だった。それでもその電話を取るという事に縋らなければ、少しの希望に縋らなければやっていけなくて。

ただいま電話に出る事が出来ません、そんな機械的な言葉が流れた。聞き慣れた彼女の声は聞こえなかった。イライラした。
俺がもう少し早く自分の気持ちに気づいてたらきっと今頃隣に、きっと当たり前の様に彼女が居たのだろう。



「ばっかじゃねェの…」



そこらへんに落ちていた空き缶を思いっきり蹴る。カラカラと缶が転がる音を聞いていると、あいつとよく家の近くにある公園で缶蹴りをした事を思い出した。缶蹴りが楽しいからやっていたとかではなく、負けた方が勝った方の言うことを必ず聞く、というのを目的で。
まあ、俺が勝つ事は無かったが。
そういえばあの公園にはあいつが引っ越しをしたと同時にぴたりと行かなくなった。特に行く理由が無いのもあったが、何より隣にあいつが居ないのに公園に行ってもなにも楽しくない。



「久しぶりに行ってみるかー…」



虚しくなるのは分かってた。だけど、どうしても行きたくなったのだ。
あいつが引っ越しをしてから初めてあの公園に行きたいと思った。
まだ電話に出る事がない彼女の事が頭から離れなかったが、諦めも肝心なんて言葉があるくらいだ。"諦める"事も考えなきゃならないのかもしれない。
びゅう、と強く吹いた風にお前には無理だよ、と囁かれた気がした。




懐かしい公園が見えてきた頃、もう何回かけたのかすら分からない番号にもう一度電話をかけてみる。公園に行けば彼女が電話に出る気がしたのだ。そんなメルヘンチックな話ある訳ないのに。
1コール、でない。
2コール目もやっぱりでない。
3コール目、4コール目、そろそろ今日何回も聞いたあの機械的なお姉さんの声が流れるのだろう、そう思った時、



「…もしもし」



嘘、だろ。

聞きたい事はたくさんあったのに言葉は口から溢れなかった。
公園から聞こえた声と電話から聞こえた声が重なったから。


見慣れた後ろ姿が目に入ったから。



(初めてちゃんとあいつに伝えたい事ができた)





2011/11.22