煽動 マヨネーズ馬鹿、と登録された土方のメモリーを見つめる。あいつのメールアドレスも、電話番号も、全て消すべきなのは分かってる。なのにどうしてもディスプレイに表示される、削除しますか?の文字に"はい"と選択出来ない。 こんなんで本当に土方と離れられるの?なんて誰かに聞かれたらきっとあたしは即答出来ないだろう。なんて自分勝手なんだ。 足を宙に浮かせればキコリ、と錆びた音が鳴った。 あたしは土方の部屋を出てすぐに駅には向かわなかった。もう始発だってとっくに出てるのにどうも帰る気になれなくて。 なんとなくふらりと立ち寄ったのは、昔土方とよく訪れた公園だった。 春になればそこで呑気にお花見をしたり、夏になればそこで花火や、ホースで土方をびしょびしょにしたり、秋になれば落ち葉をぶつけたり、冬になれば雪をぶつけたり、と春夏秋冬飽きずにこの公園に来て土方をからかって遊んでた。此処にはたくさんの思い出がある。全部キラキラしてて、瞼を閉じればすぐに目の前に広がった。 あたしが告白なんてしなければ前みたいに、ここの公園で同じ様に過ごせたのかな。あたしが引っ越しをした時点でそれは叶わないものになってたけど。 それでも、なんて後悔したくなかったのに。胸を張って後悔なんかしてない、とは言えなくて、これでよかったなんて言えなくて。 「ちっくしょー…」 足を伸ばせば、ブランコの錆びた音が鳴った。 なんとなく、そのままブランコをこいでみた。よく二人乗りしたな、と蘇る記憶には必ずあいつがいた。 いつまでもズルズル引きずるのはよくない、と何処かで聞いた事がある。だから決心したんだ。あいつの記憶もメモリーも全て削除する事に。 悔しいぐらいに震える指を気づかないフリで交わし、ボタンを押した。 ディスプレイには削除しましたの文字。なんだかあいつとの記憶が全て無かった事にされたようで涙が止まらなかった。それでも、これで良いんだなんて言い聞かせなきゃどうにかなりそうで。 「よくやった、あたし」 こんな言葉、自分が惨めになるだけなんて分かってたけど。 さあ、もうそろそろ帰ろう。いつまでも此処に居たらあいつに会いに行きそうで怖いから。 宙に浮いていた足が地面についたと同時に携帯が鳴った。 登録していない番号だった。でもその番号が誰だかあたしは一目で分かって。思わず開いた携帯を閉じてしまった。 「なんで…、」 なんで電話なんかかけてくんだよ、土方…。 (あいつを思い通りに動かす事が出来れば、なんて。それでも携帯の電源は落とせずにいた) 2011/11.16 ← |