「沖田隊長の好きなタイプってどんなですか?」
偶然通り掛かった部屋の前からそんな言葉が聞こえたのが全ての始まりだった。
別に、あいつの好きなタイプなんてどうでもいいし、全然気になんねえし。なんて思っていても足はピタリと止まってその部屋の前から動こうとしない。
その挙げ句、耳を傾けてしまっている自分が居る。
仕事をサボってる罰を与えるタイミングを伺ってるだけだ、なんて誰も気にしていないのに適当に自分に理由をつけて。
「好きなタイプとかそんなん考えた事ねーや」
あいつの答えに地味に落胆しながら、その場から去ろうとすればまた部屋から、じゃあ嫌いなタイプは?という声が。
またピタリと止まる足。
いやいや、違うからね。本当に全然気になんてしてないから。全然あいつに好意とかないからね。本当罰を与えるタイミングを伺ってるだけだからね。
そんなくだらない言い訳を考えていた時、そいつは言い放った。
「嫌いなタイプっつーか、タバコの匂いはあんまり好きじゃねーや」
「…まじ、でか」
思わず胸ポケットに入ってるタバコに視線を落とす。
"タバコの匂いはあんまり好きじゃねーや"
いや、別に違うよ。本当全然違うからね。タバコは身体に悪いからさ。
まだ半分以上残ってるタバコの箱を右手で強く握り潰した。
そうだ、禁煙しよう。
「うああ…、ニコチンが足りねェ…」
もう何日煙草を吸ってないんだろうか。一年くらい吸ってないんじゃないかと思うほど長く感じる。
何回も煙草に手をつけようとしたが、その度に脳裏に過ぎるあの言葉。
あいつ、煙草の匂い好きじゃねェんだよな…。
ゴツン、机に頭を打ち付ければそんな鈍い音が鳴った。このニコチンを摂取しようとする衝動をどうすれば落ち着かせる事が出来るのか。どうすればあいつは俺を見てくれるのか。とりあえずあいつの嫌いなものを俺から取り除けば少しは俺の事を見てくれるのかもしれない。
本当に単純な考えだと思う。
「ああ、我慢できねェ」
「そんなに吸いたいなら吸えば良いじゃないですか」
「んな事言うな、あいつが嫌いなんだから吸える訳…、あぁ゙!?」
「あいつってだあれ?」
視線を横にやれば見慣れた少女が俺の隣にちょこんと座っていた。
いつの間に俺の部屋に入ったのかとか、今の話全て聞いてたのかとか、聞きたい事が一気に溢れてきてうまく言葉に出来ず口をぱくつかせるだけ。
そんな俺を知ってか知らずか少女は呑気に俺の隣で頬杖をついて、誰のこと?なんて絶対答えたくない質問を口にする。
「んなの、言える訳…!」
「なんであんた、あたしなんかの為に大好きなタバコやめて禁煙なんてしてる訳?」
「おま、全部知って…!」
「山崎の野郎が全て話してくれました」
あの野郎、あいつ絶対後で切腹だ。恥ずかしいやら、格好悪いやらで複雑で、頭を抱えた。
視線を合わせる事すら嫌になる。
ふ、と小さく笑った少女に追い討ちをかけられた気がした。
「なあ、まじで忘れてくんね?」
「ばっかじゃないの」
「あ?」
「余計なところしか盗み聞きしなかったなんて」
「なッ!盗み…!」
「本当馬鹿なやつ!盗み聞きすんなら最後まで聞けっつーの!」
「なんだよ最後までって!」
それは…、と急に口ごもる総羅の頬は赤く染まっていて。おい、なんだよコレ。どういう事だよ。めちゃくちゃ気になるじゃねェか。
言えよ、と急かしてみるも少女の閉ざされた口を開かせるのはなかなか難しい。視線すら外された。最後には一生悩んでろ、という言葉まで。
「もうこの話は終わり!とにかくあんたが煙草をやめる必要はねーんだよハゲ!」
「ハゲじゃねぇ!てゆかなんだよ!言えよ!気になんだろ!」
「うるせーばーか!」
「嫌いなタイプっつーか、タバコの匂いはあんまり好きじゃねーや」
「でも沖田隊長、いつも副長と一緒に居ますよね?煙草臭くないんですか?」
「だってそれは、」
「あの人は特別だから」
好きなのはお互い様
(次の日から当たり前の様に煙草を吸う上司に沖田は笑うのだった)
2011/11.04
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