鼓動 | ナノ




鼓動



あいつがいきなり引っ越す事になって、別れの言葉も満足に言えないまま勝手に姿を消して、そのまま連絡もぷつりと途絶えたかと思ったら久しぶりに連絡が来て、たくさん聞きたい事があったのに"外出てこい"の一言で電話をぶつりと切りやがって渋々外に出たら三ヶ月前勝手にいなくなったあいつが目の前に居て。

頭が思うように働かなくなるのも、心臓がドクドクと早く脈打つのも仕方ないと思う。いきなりすぎて訳が分からない。

本当はもっと聞きたい事があった筈なのにそんな内容すぐに吹っ飛んだ。絞り込んでやっと出した言葉は"お前なんで居んの?"。
なのに自分勝手な少女は俺が混乱してるのなんか心底どうでもいいらしく、聞いてもいない事をベラベラと語り出した。結局何が言いたいのか分からないし、回りくどい言い方に若干苛立ちすら覚えてきた頃にあいつはまた俺を混乱させる様な事を口にした。



「あたし、あんたが好きかもしれない」



こいつ、今なんつった…?
サラリととんでもない事を言いのけた総羅は驚くほどいつも通りの無表情で。こういう時って赤面したりするもんじゃねえの?そんで顔が赤くなってるよとか言ってやりとりすんのは王道な筈だよな。
なんて、思考回路をそこら辺にありふれてるどこぞの少女漫画に飛ばしていたら何か言えよ、と冷たい声。

何かって、こんな状況で何を言えば良いんだよ。残念ながら俺はこういう時に出す言葉を知らない為、視線を泳がし、鼓動は早くなり、その場には不釣り合いな言葉を口にする事しか出来ない訳で。



「今日はいい天気ですね」

「…太陽さん雲に隠れてるけど?」



そういえばテレビで今日は曇りだとか言ってたな。と頭の片隅で思った。畜生、普段は天気当てねえ癖にこういう時だけふざけんな。もごもごと口ごもる俺に呆れたようにため息を吐いて少女は俺に背中を向けて歩き出す。



「あ、テメ、どこ行くんだよ!!」

「どこって帰るんだけど?困らせて悪かったですね」

「せっかく来たんだから、ああ、と、泊まってけよ!!」



とっさに出た言葉はとんでもない言葉で。少女は俺に告白しても表情を崩さなかったのに、今回は流石に驚いた顔になった。
ああ、もう何してんだ本当に。今日は運が悪い。今日牡牛座何位だったけ、と思考をまた別の場所に飛ばしてお得意の現実逃避。



「じゃあ、そうします」



また無表情でそう言い放った少女。ああ、それがいい。と冷静を気取って口にしたものの掌にはしっかり汗が滲んでいた。


もう後戻りは出来ない。


(また早くなる鼓動に目眩すら覚えた)




2011/06.27