少女はしばらくして退院した。
今では目を逸らしたくなるような痛々しい怪我はもうなくて。
少女と肩を並べて話してる上司を俺は3歩ほど後ろから見つめている。あまり表情を崩す事を知らなかった総羅の顔は、よく笑ったりする様になった。そんな現実から今すぐにでも目を逸らしたくなった。誰かがこれは悪い夢だ、って言ってくれたらいいのに。嘘でもいいから。そしたら俺は信じれるのに。



「近藤さん、あたしは真選組一剣の腕がすごかったみたいですね」

「あぁ、お前の剣の腕は本当に凄かったぞ!」

「…あたし、もう人を斬りたくないです。刀を握るのが怖いんです」



だから、と続けた言葉の先は予想出来た。だから少女の腕を引いて走ったんだ。近藤さんは優しいから、少女が刀を握る事を拒むのをきっと許可をする。そんなの俺が絶対許してたまるもんか。

どんどん人気のないところに近付いていく度に、少女に危機感が生まれたのか俺の手を離そうと抵抗する。だから細い腕を掴んでる手に力をいれた。そりゃもう折れるんじゃないかってくらい。
痛い、離して、と言う声はだんだん小さくなっていった。かわりに鼻を啜る音。おいおいこんくらいで泣くなよ。お前はもっと強かった筈だろ。
言っても無駄だから口にはださなかった。ピタリと足を止めて、少女の震える肩を強く掴み壁に押し付けた。
思ったより強く押してしまったのか、ダンッと乾いた音が路地裏に響く。



「お前は記憶がなくなろうが、なんだろうが剣を握る事をやめないと思ってた。魂が自然と求めるもんだって」

「そ、んなんあたしに言われても、」

「ふざけんなよッ!!じゃあお前が今までやってきた事は何だ!?お前が命はって護ろうとしてきた奴は誰だ!?そんなんも全部忘れちまったのかよ!!」



壁を思いっきり殴った。ぶちり。手の甲が切れた。血が滲んだ。
でも全部そんなのどうでもよかった。目の前の少女の瞳からは涙が流れた。こんな事俺はしたい訳じゃなかった。
こんな無理矢理、力で捩じ伏せる様な事なんて。だけど当たり前の様に笑って、刀を握らないのが当たり前の様に話して、記憶がなくなったから大将を護るのは嫌だ、と言うこいつが許せなかった。
そんなに簡単に消えちまうもんなのかよ、らしくもなく声が震えちまった。



「…せーよ、」

「あ?」

「うるせーんだよてめぇ」



急に凄い殺気がした。手の平が汗で滲んだ。周りを見ていても俺達の他に誰かがいる気配なんて全く感じない。ああ、この殺気を放っているのは紛れも無くこの少女なんだ。
こちらを睨みつける目には見覚えがあって、この感覚。あいつが戦場に立った時の感覚だ。今にも殴り掛かってきそうな総羅にそれもいいと思った。

少女は肩を掴んでる俺の手を、ありえない力で引き離す。びりびりと腕が痺れて、これは痣になるかもなって冷静に思った。目は俺から離さず、強く睨みつけたまま。こんな形でも、あの総羅が帰ってきたかと思ったら嫌じゃなかった。


「あ、ごめんなさい」



すぐに少女は、はっとして俺の腕を離した。さっきまでの少女とは180度違っていて。
今の俺の気持ちを例えるなら、笑顔で崖から突き落とされたみたいだった。




(でも、きっとそんなの俺は出来ないだろう)




2011/0403




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -