どん。ふわっ。どさ。
全部全部鮮明に思い出せる。それは俺の目の前で起きた事だから。
病院独特の薬品の臭いが鼻を掠める。隣では涙をボロボロ流して嗚咽が止められない様子の上司。近くにはひたすらそいつの名前を呼ぶ部下。そんな中、病室から白衣を着た高年齢の医者が出てきた。
でもそいつから放たれた言葉はあまりにも残酷で。
嘘だろ、って零れた言葉は思ったより震えていた。



「…誰ですか、貴方達」



少女は俺の目の前で事故に遭った。少女の華奢な身体は驚く程宙に浮いて。名前を叫んだ。返事はなかった。どくどくと流れる血液が俺のブーツを濡らした。
近藤さんに名前を呼ばれてはっとした。気づいたら目の前で知らない男がボコボコにされていたから。そいつはきっと少女を轢いた奴。そう思ったらまた止まっていた手が上がった。


医者から告げられた言葉。
少女はどうやら頭を強く打ったという事。命に別状はないが、記憶を失っているという事。

生きてるならそれでいい、そう思ってた。なのに、目の前でそれが起きると、現実になると、よく分からない気持ちになった。
冗談やめろよ、なんて気休めにすらならない。
膝をつく近藤さん。もう見てられなかった。



「総羅…、」

「そう、ら?もしかしてあたしの事ですか?」

「お前の名前だよ。聞き覚えはねえか?」



全然、と苦笑いする少女。
そしてその後小さく謝罪の言葉を述べた。
違う。俺の知ってる沖田総羅という奴は目の前のこいつと全然違いすぎる。
まずあいつは俺に謝罪なんてしない。会って二言目には俺を愚弄する言葉を述べる。

全く同じ顔をしてるのに、俺が知ってる少女はそこには居なかった。



「…あたし達どこかで会った事ありません?」



それは俺に向けられた言葉ではなくて、隣で膝をついてる上司に向けられた言葉だった。
近藤さんは顔をゆっくり上げ、目は見開いていた。少しの間の後、上司は総羅を強く抱きしめた。
瞬間、ぐるぐる沸き上がる真っ黒の感情。それが俺の心をすごい速さで侵食していく。堪えられなくなり、静かに病室を出てみても遠くで聞こえる少女の声にまた黒い感情が沸き上がる。なんなんだこの気持ちは、なんて言葉にしてもそれに答えてくれる奴なんか一人もいなくて。



「なんで近藤さんなんだよ、」



総羅にとって近藤さんがどれほど大切な人なのかは痛い程わかる。なぜならそれは俺も同じだから。なのになんで近藤さんなんだって俺は思ってしまうのだろうか。
なんでこんなに声が震えるんだろうか。

訳が分からない気持ちをぶつけるかの様に俺は壁を殴る。大きな音だけが広い廊下に渡って消えた。


ひりひりと痛む拳が調度よかった。





(なんで俺じゃないんだよ、って本当馬鹿げてる)




2011/0402




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