先生土方×金持ち生徒沖田
「あんた、犬小屋にでも住んでんの?」
「……」
それは数時間前の事だ。
彼女の家庭教師の俺は今日、沖田の家に向かった。そこまではよかった。
いつもの様にくそでかい家だな、なんて思いながらチャイムを鳴らそうとした時、下から先生、と聞き覚えのある声がした。
そっちに振り向いてみると、地べたに座り、鼻を赤くした沖田がひらひらと手を振っている。
「なんでそこにいんのお前」
「鍵忘れた」
「家、誰も居ないのか?」
「知り合いのパーティーに皆行っちゃった」
どうやら誰も部屋には居ないようで。正直そのまま帰ろうか、と思ったけどこんなに寒い中こいつを一人でここにおいておく訳にもいかない。
どうしたものか、と考えてみるも、また下から聞こえる先生、と言う声に考えを邪魔される。
「なんだよ」
「寒い」
「知らねぇよ」
「先生の家、連れてってよ」
馬鹿な事言ってんな、と思ったけどどうやらそれが1番いい案なのかもしれない。
ほっとく訳にもいかないし、だからといってこいつといつ帰ってくるのか分からない親の帰りを待つのもごめんだ。
わざとらしく大きなため息を零し、彼女の手を引いて嫌々俺の家に連れていったらこれだ。
犬小屋だと。ふざけんな。
確かに沖田の家よりかは何倍も小さい。だからといって俺はボロボロのアパートに住んでる訳でもない。
一般人から見たらごくごく普通のアパートだ。
なんで犬小屋なんて言うんだ、と考えても金持ちの沖田の思考なんて一般人の俺には分かりゃしない。分かりたくもない。
「いやあたしの飼ってる犬でも、先生よりもっと大きい部屋にすんでるよ」
「それはお前の住んでる環境が異常なだけだからな」
他愛もない会話をしながら、俺は玄関の鍵を開ける。隣に居た筈の沖田はいつの間にか、ずかずかと勝手に部屋に上がり込んでは、まじまじと部屋を見つめる。
(あいつには遠慮ってもんがねぇのかよ)
沖田に"遠慮"と言う言葉を求める俺が可笑しいのか。
「ねえ先生、」
「あ?」
「女居るでしょ」
「…は?」
「だから彼女居るでしょ」
何言ってんのか訳分からなくて、ドアが閉まる音だけが部屋に響く。
「なんでそう思うんだよ」
視線は沖田から、汚く脱ぎ捨てられたローファーに向ける。こいつは靴を揃えるって事も知らねえのか。
ゆっくりしゃがみ込み、沖田が脱ぎ捨てたローファーを揃える。なんで俺がこんな事しなきゃいけねえんだよ、と零してみても沖田には届かなかった。
聞く気がないんだから仕方ない。今はローファーどうこうより、俺に彼女が居るか居ないかの方が気になるんだろう。
「だってほら、部屋綺麗じゃん」
「…お前なぁ」
思わず揃えていた彼女のローファーを投げつけてやろうかと思った。
こいつの、部屋が綺麗だと彼女がいるって考えには本当に理解出来ない。何故俺が片付けたと単純に考えらんないんだか。
「これは俺が片付けてんだよ」
「いや無理でしょ。先生に出来るわけないじゃん。で?彼女居るんでしょ?」
このクソガキ…。俺をなんだと思ってんだ。普通片付けぐらい出来るだろ。
でも俺の目の前に居る奴は少なくとも俺の知ってる普通ではない。
もう彼女なんて居ないと否定するのも面倒になってきた俺は、もうそれでいいよ、と言い放つ。
「…ほら、居るんじゃん」
いきなり声のトーンが下がる沖田。一気に空気は重々しくなる。なんでこんな空気になってるんだよ。
少なくとも原因は俺に彼女が居るか、という話にある。自分からふっかけておいてこんな空気にするなんて自分勝手にも程があるだろう。
沖田のご機嫌取りなんて真っ平ごめんの俺は、無言で沖田の横を通りどかりとソファーに座る。すると、先ほどまで突っ立っていた沖田が控えめに俺の横に座った。
「なんだよ」
「…別に、座ったっていいじゃん」
「…本当可愛くねぇな」
「うるせーよ」
それから俺達は会話を交わす事はなかった。いや、交わせなかった。理由は、俺の肩に感じる重みが原因だ。
沖田はあの気まずい状況の中平気で寝やがったのだ。
「黙ってりゃ普通に可愛いのにな」
ぽつりと呟いた言葉は部屋の中で静かに溶けていった。
寝たふりでした、なんて
(だんだん赤く染まる頬に貴方が気づくのはいつ頃だろうか)
2011/03.20
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