「十四郎さん」



驚いて振り返れば、栗色の長い髪を横にひとまとめにした少女の姿。でも一瞬だけ、俺にはその姿が見えなくて。
代わりにもうこの世には居ない筈の女の姿が見えた。ほんの一瞬だったけど、俺の思考を止めるのには充分すぎるくらいだった。



「十四郎さん」



俺が呆然としてると、また少女の口からは俺の名前が発せられた。
なんでいきなり、なんて考えても答えなんて出る筈もなく。少女の表情からは、それはふざけて言ってるのではないようだった。



「な、んだよ」



ただ、自分の名前を呼ばれたくらいでこんなに声が震えるなんて。
きっとこの少女だからこそなんだろうけど。

彼女はミツバの妹だから。

正直性格は真逆なのに、何故か不意に少女を見ると、彼女と重なった。その度に速くなる鼓動に、自分がどれほど彼女に惚れ込んでいたのかが分かる。



「別に、意味なんてないよ。ただあんたの名前が呼んでみたくなっただけ」



無表情でぶっきらぼうにそう言う少女に、ちょっとだけ苛立ちを覚える。
お前のその気まぐれのせいで、俺はどんなに焦ったか。その証拠に掌は汗ばんでる。
それでも俺は少女に何か言い返す事なんて出来なくて、そうか、と言葉を零す事しか出来なかった。



「まだあんた、姉上に未練たらたらなんですね」

「そんなんじゃねェよ…、」



強がってみたものの、きっとこの少女にはお見通しなんだろう。
未練がないと言えば嘘になる。もう居ない彼女に言いたい事はたくさんあった。本当はあの時連れて行きたかった。
でも、彼女を危険に晒す訳にはいかなくて。俺なんかより、きっと彼女を幸せにしてくれる人なんかたくさんいるから、と自分自身を納得させた。
"好きだ""愛してる"全部彼女に言っておきたかった。
どんどん込み上げてくる感情を捩じ伏せる様に俺は少女の頭を乱暴に撫でた。



「分かりました、もうこの話はしやせん。でも、あんたもたまには素直になっていいと思いますよ?」

「俺はいつでも素直だよ」

「素直ならさ、無理してあたしと一緒に居ようとしないでよ」



あんた、あたしと居ると辛そう。そう言って俯く少女の瞳にはきっと涙が溜まってるんだろう。その涙を拭ってやろうと伸ばした手はすぐに引っ込んだ。
なんでだろう、こんなに綺麗な少女に触れてはいけないと思ってしまった。



「姉上を幸せに出来なかったからって、その償いにあたしを護ろう、っつーあんたの魂胆は見え見えなんだよ」

「……」

「自分の身は自分で守れるよ、だからあんたは自由に生きなよ。あたしなんかに縛られないでさ、」



無理して少女が笑ってるのは分かってた。それだけ言って遠くなる背中を追い掛ける事は出来なかった。
償い、で少女を護ろうなんて思ってたのは最初だけだ。
気付いたら心から、強がりで、か弱くて、そして素直じゃない少女を本気で護ろうと決めたんだ。
あの小さな背中を護ろうって。
なのになんだよこの状況。また俺は大切な人を自分の弱さ故に見捨てるのか。また同じ事を繰り返すのか。

そんなの嫌に決まってるじゃねェか。

そう思っても身体は動く事は出来なくて。自分自身の情けなさに反吐が出た。




(結局俺は弱いままなんだ)




2011/02.24




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