一度壊れた物は戻らない(高尾+緑間)



※高尾くんが真ちゃんをいじめている話




高尾和成、そいつの周りにはいつも人で賑わっていた。
特別容姿が整っている訳でもなければ、成績は悪くはないがあまり良いとは言えない。
なら、何故こんなにあいつの周りには人が寄ってくるのか。
運動が出来て、バスケの強豪高と呼べるこの秀徳で一年でレギュラー入りした事も一つの理由だろう。
だが一番の理由はコミュニケーション能力。これが人より何倍も勝っているからに違いない。
あいつの周りでは笑いが本当に耐えない。休み時間となれば我先にと誰もがあいつの机に集まった。それだけ人気者なのだ、高尾和成は。
そんなあいつにバレないようにと部活に行く用意をする。腰を上げ、足早に廊下に出ようとした時だ。



「待ってよ真ちゃーん!俺も行く!」



集まってきたクラスメイトに軽く挨拶したあと、こちらに向かってくる。
俺は高尾が怖い。
高尾の声を無視し、足を止めることなく進めるが、足音はすぐ後ろまで迫ってきていた。
少し赤く染まった空。その光が隣を歩く高尾の表情を染める。廊下には急いで部活に行く者やのんびりと友達と談笑しながら帰宅する生徒達。
早く、早く体育館に行かなければ。



「なにをそんなに急いでるのさ」



そうは言いながらも歩幅は俺に合わせたまま。そんなの聞かなくてもこいつは分かっているはずだ。だから何も言わず、歩く速度を上げる。とにかく早く体育館に行きたかった。






「はい真ちゃんストップー」



階段の踊り場についた時。高尾は俺の腕を強く掴んだ。咄嗟に周りを見渡したが人影はない。
ああ、始まったか。今日はなにをされるのか、おずおずと高尾を見つめる。口元は弧を描いていたが、瞳は恐ろしいほど冷たかった。
力いっぱい足を踏み付けられる。痛みで思わず声が上がるが、俺はそれを唇を噛み締め堪える。
いつからだろう。高尾がこんなに変わってしまったのは。こいつに何があったのか、何が高尾をこんなにしてしまったのか。



「なんで、」

「なんで?それはこっちの台詞なんだけど」



なんで、高尾にそう問われる理由がわからず、ただ黙って見つめる。高尾は笑った。それは楽しくて笑うと言うよりは、嘲笑に近かった。何も知らない俺を馬鹿にしたように。
窓の外から聞こえる生徒達の楽しそうな笑い声に酷く腹がたった。
高尾は続ける。




「お前さ俺より体格もいいし力もあるはずじゃん。なんで抵抗しねえの?」

「もしかして、そっちの気があるとか?気持ち悪っ!」



ぐりぐりと強く足を踏まれる。
確かに高尾の言う通り、俺が必死で抵抗をすれば今この足を踏み付けている高尾を突き飛ばし、やり返す事なんて容易いはずだ。
何故それをしないのか、そんなの決まってるではないか。



「俺はお前に情があるから」



高尾の釣り上がった目が揺れる。
なに言ってんの、と聞こえた声はどこか震えていた。



「……俺はお前にこんな嫌がらせしてんのになんでまだそんな口が叩けんだよ」

「誰も俺に近寄って来なかったのに、お前だけは俺と仲良くしようとしてくれた」

「だから好きなようにすればいい、俺は何もしない」




ぎり、奥歯を強く噛み締めたような音がした。
高尾は俺から視線を外し、下を見つめる。踏み付けている足はもう力が入っていなかった。




「馬鹿じゃねえの」

「あぁ、そうかもな」

「お前なんか嫌いだよ」

「俺はお前が嫌いではない」

「なんなんだよ!!お前ばっかり!!!」



勢いよく顔を上げた高尾の目には涙の膜が薄く張っていた。
なんで、そんな言葉簡単に口にするべきではなかったんだ。
いまさら後悔をしたところで高尾の笑顔が取り戻せる訳でもない。前のように、俺の名前を呼んで楽しそうに笑う高尾が戻ってくる訳でもない。
今にも壊れてしまいそうな高尾に触れる権利も、慰める権利も俺にはない。ただ黙ってあいつが投げる言葉を受け入れる事しか出来ないのだ。



「……俺だってお前と同じ一年でレギュラー入りしたのに、俺だってすごい目を持ってんのになんでお前ばっか…!!!」



ああ、そうだ。こいつは人気者、その分誰よりも多くの視線や言葉を浴びている。そんな高尾が俺と比べられ、何も感じないわけがない。誰よりも人の目を気にする高尾が。綺麗なままでいれるはずがないんだ。
なら俺は喜んで高尾の黒い部分を受け入れてやろう。それで高尾が高尾を保てるなら構わない。
高尾をここまで追い詰めたのは、壊してしまったのは、他の誰でもない。俺だ。それが唯一俺に出来る償い。
今まで何度も高尾に暴力を振られた。だが、一度も左手に触れられた事はない。最後まで優しさを拭いきれなかったらしい。本当に馬鹿なやつだ。
高尾の前に左手を差し出す。
ボロボロと涙が零れる瞳がそれを映した。



「なんだ、よ」

「壊せ」

「…なにいってんだよ」

「だから壊せと言っている」

「っざけんな!!なんでてめえはそんな簡単に」

「お前の為なら左手ぐらい安い物なのだよ」



上手く笑えていたか、と問われれば"はい"とはけして言えないだろう。そもそも笑えていたかすらわからない。
高尾は声を上げて泣いた。嗚咽が止まらないのか、そのまま力が抜けたかのように座り込む。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ俺の左手を映した瞳はギラギラと光っていた。本当は壊したくて仕方なかったはずの俺の左手。今すぐにでも壊したいはずなのに。
伸びた手はやはり俺の手には触れず地面につく。


優しい高尾がぼろぼろに壊れた瞬間だ、と思った。






2012/11.14

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