05


静まり返った夜の校舎の4階。
机の上の蝋燭の明かりを頼りに、私たちはお札を剥がそうとしていた。


「う〜〜〜ん………」

『どうですか?ダメそうですかね?』

「取れないわね…」


先程からずっと爪を使ってお札を剥がそうとする先輩とそれをまじまじと見つめている私。
その光景と暗い教室の雰囲気が落ち着かなくさせたのか、井口先輩が恐る恐るといったように口を開いた。


「わざわざ学校に忍び込んでやることか?…電気付けようぜ…」

「ダメ!!雰囲気重視よ。スリルを楽しむのがオカ研魂じゃん…どうせ何もおこりゃしないんだから…」

『あ、先輩それ言っちゃうんですか…』


口を尖らせた先輩に苦笑いを返すと、また視線がお札に戻る。
それにしても、かなり古いお札なのだろうか。所々破けていて、汚れも酷い。…まぁ、虎杖くんが拾ったと言っていたし、あまり丁寧には扱われていなかったのかも。
しばらく見続けていると、お札が取れたようで、佐々木先輩がどんどんお札を剥がしていく。そしてお札を剥がしきった時に出てきたのは、


「うわぁ…」

「人間の、指か?」

『これ、本物ですか…?』


見たこともないものに息をのみながら聞くが、2人も言葉が出ないようで、沈黙が続く。
この重い空気を変えようと口を開きかけた時、

「えっ?!」

『蝋燭が…!』

「「『うわぁっ?!!!』」」

蝋燭が風もないのに勝手に消え、謎の地震らしき揺れが起きた。
訳の分からない緊急事態の中、佐々木先輩の手から落ちそうになった指らしきものをキャッチする。…少し気味が悪いけど、これを手放したらもっと不安になる。


「…何なの…?」


佐々木先輩の震え声で発せられた声を聞き、声をかけようとした時、いきなり目の前が真っ暗になった。

いや、正確には“真っ黒のものが視界を塞いだ”と言うべきだろうか。
近くなのか遠くなのか、先輩方の私を呼ぶ声と悲鳴が聞こえて、でも姿は見えない。
なぜなら、今私の目の前にいるのは先輩方ではないから。

黒い胴体に、何本も生えた手足。本来二つだけの眼は体の至る所に付いていて、その全部が私の方を向いている。怪しく歪められた口はその奥が見えないほど何か、悪いものが集まっている気がする。

バケモノだ。


脳内で冷静な自分の声が聞こえた気がする。
でも不思議だ。

怖いはずなのに、なんだか、怖くない。


そのすぐ後、必死に私の手を引いて逃げた佐々木先輩と共に死角になる柱に隠れながら様子を伺う。
先輩は私の制服の袖口を力一杯握り、震え声で言葉を絞り出した。


「どうしようなまえちゃん、井口が、井口のこと置いてきちゃった!!!」


確かに、先程まで一緒にいたはずの井口先輩の姿が見当たらない。暗闇の中目を凝らして周りを見ても、人の姿はない。
そう、“人”の姿は。


「なまえちゃ、」

『静かに。…います。』


涙目になっている先輩が私の名前を繰り返し呼ぼうとするのを小声で制す。
私の意図を汲んでか、先輩はハッとしたように口を塞いだ。すぐ隣の廊下から、バケモノのものらしき声が聞こえる。なんて言っているのかは分からないが、のんとなく言葉らしきものを話している。

気配が消え、通り過ぎたことを目配せして伝えると、佐々木先輩はまた口を開こうとしたが、私の後ろに何か見つけたようだった。
急いで振り向くと、そこには井口先輩が立っていた。よほど安心したのか、佐々木先輩が駆け寄ろうとするが、


「助け、て…」

「ひっ…!!!」


井口先輩の頭には、バケモノの一部が張り付いていて、体から出た手で先輩の顔を覆おうとしていた。
逃げようとした時は既に遅く、


「イマナ”ンジデスカァァァ????」

「いやぁっ!!!!!」

『先輩、逃げて!!!』


先程通り過ぎたはずの化け物が佐々木先輩に手を伸ばしていた。
私も手を伸ばしたが間に合わず、バケモノの手が先輩2人を引き寄せた。私な方に伸びてきた手をなんとか避け、長い廊下を走る。

一体どうすればいいのだろう。
先輩方は捕まり、正体の分からないバケモノと多数対一で戦うなんて無謀すぎる。それに、私は運動ができるわけでもなんでもない。
かと言って、このまま逃げ続けられるわけもない。

でも、この絶望的な状況の中、不思議と私は怖いという感情を持っていなかった。なぜなのかは自分でも分からないけど、佐々木先輩の様な恐怖は感じたいない。ただ今私の頭に浮かぶのは、


“「なまえ!」”


虎杖くんだ。
あぁ、そうだ虎杖くん。私はまた明日、虎杖くんに会わないといけない。こんな所で死んじゃいけない。また彼に名前を呼んでもらわないと。そうだ、そうしないと。ここで死んでもう二度と会えないなんて、地獄より苦しい。



『…絶対に死なないよ、虎杖くん…』

prev- return -next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -